「かな」配列・松千代ランキング
あのテレビ番組風に配列を比べてみた
「かな」配列・松千代ランキング、とタイトルでおわかりのように今回の記事は完全にエンタメです。
「かな」配列の優劣を特定の指標をもとにして客観的にくらべよう、などというちゃんとしたものではありません。
あくまでエンタメですので、そのつもりでお読みください。
配列を再定義した話
今から10年近く前、親指シフト配列(≒NICOLA)をもとにして、ちょっとだけアレンジをくわえた独自配列を考えました。2017年とか2018年とか、その頃のことです。
「理想の配列」を求めたわけではありません。NICOLAにおける半濁音「ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ」が覚えられなかったので、覚えられるような配列にしようと考えただけです。
大前提として、私自身は「かな」配列の最適化がどうした、各指の使用率がどうのといった話はほぼ興味がないです。
「かな」の配列など何だってみんな一緒、といったらさすがに言い過ぎではあります。でも、ほどほどだったら十分じゃないかとは考えてはいます。
ほどほどってなに? という話なんですが
たとえば、アルファベットとだいたい同じような領域に「かな」が収まっていて、特定の指の連打が多いといった偏りがなければ、そこから先はどんな配列でもたいして変わらない、それよりも、むしろ優先すべきは「覚えやすさ」なんだって思っています。
注力するべきは道具ではなくコンテンツでしょ、といった感じです。

とはいえ、その一方で、
- OASYSキーボードの配列を母体にして「かな」配列を再定義しました。
- でもその特性は本家とくらべて笑っちゃうほどショボイ値になってしまいました。
みたいなことになったら、私淑する親指シフト開発スタッフに対してちょっと申し訳ないかなあ、みたいな気持ちもあったのです。
ということで、特性的にはNICOLAと比べてあまり見劣りしないものを、というあたりを目指し、「かな」の使用頻度などもある程度は考慮しながら配列を決めていきました。
JIS86配列や、ネット生まれの配列・月2-263式なども研究しました。これらはプリフィクス・シフト方式なので参考にした、といった程度ですが。
今回は当時の解析をもとにして「かな」配列版・筋肉番付をやってみました。
「かな」配列・松千代ランキング
まずは出場選手、ではなく配列たちを紹介します。
JIS86配列
TRON配列
NICOLA
OACO(私の配列)
ちなみに月2-263式は後半「かな」配列筋肉番付、プリフィクス・シフト版」に登場します。前半と後半で分かれている理由は「親指シフトとローマ字入力を比べない理由」で書きました。
JIS86配列
詳しくは「JIS86配列(新JIS配列)ちょこっと解説」で説明していますが、JIS86配列、本来は親指を使うことを前提とした配列ではありません。ましてや親指シフト方式、親指同時打鍵方式で実装するのは現実的ではありません。
JIS86配列には濁音に変化しうる清音がアンシフト側シフト側双方に配置されたキーがあります。たとえば[S]キーのポジションはシフトなしでは「か」、シフトありでは「へ」になります。両キーとも濁音になる清音ですね。

なのでこの配列で親指シフトを実現しようとすると、どうしても無理が出てきます。「ふつうの日本語キーボードが使えること」というJIS86配列の理念からも遠ざかってしまいます。
しかしここは現実的かどうかではなく、あくまで同じ土俵で比べたかったので強引に親指シフトとして数字を出しています。
ですので、本来のJIS86配列の特性とは隔たりがあることをおことわりしておきます。
【各指の使用率】

全体的にいい感じです。
ちなみに右手薬指の使用率が低いのはJIS86配列に問題があるわけではありません。上にも書いたように強引に親指シフト方式を想定してしまったので、濁点キーを使用しない前提になってしまったからです。
参考までに、(親指)プリフィクス・シフト方式で、濁点キーを使用した場合の右手薬指の使用率は、右手中指の使用率よりやや高め、という値でした(後述)。
【各指の移動率】
各指がホームポジション以外のキーをどれだけ使うかを比率でだしました。

全体的なバランスはいいです。ただ右手小指の移動率は若干高めになりました。親指同時打鍵方式ではなく、(親指)プリフィクス・シフト方式でカウントした場合でもやはり右手小指の移動率は高めになります。
TRON配列
TRONキーボードも本来は親指シフト(OASYS)方式じゃありませんよ、という話はTRONキーボード(&配列)ちょこっと解説で書きました。しかしTRONキーボードもまた強引に親指シフト方式にしてしまいました。
【各指の使用率】

とてもきれいですね。左右両方とも人差し指、中指、薬指、小指の順になっています。
【各指の移動率】

こちらもバランスがいいです。各指使用率と各指移動率がシンクロしている感じが、なんか、東大っぽいです。
NICOLA
【各指の使用率】

日本語入力コンソーシアムのデータによると両手ともに人差し指の使用率がいちばん高くてそれから中指、薬指、小指の順に使用率が低くなっていましたが、私のデータではちょっと違いました。
左手人差し指の使用率がそんなに高くはありませんでした。もちろん、私の手持ちデータ自体が信用できないぞ、ということもあるかもしれません。
とはいえ全体のバランスはいい感じですね。
【各指の移動率】

こちらは人差し指、中指、薬指、小指の順になっています。
NICOLAって未熟?
たしかTRON系のサイトだったと記憶しているのですが、だいぶ以前に「NICOLAは未熟な配列なんだ」といった趣旨の文章を目にしたことがあります。
論旨としては
- NICOLAでは、「う」や「ん」のような使用頻度の高い「かな」が、力のない小指ポジションに割り当ててある
- これは「かな」の使用頻度に対するリサーチ不足が原因ではないか
- つまりNICOLAは「う」や「ん」が高頻度な「かな」だという認識もないまま強引に小指に割りあててしまった、未熟な配列ではないか
ということのようでした。
たしかに歴史を紐解くと、NICOLAはJIS86配列やTRON配列のような膨大なテキストを解析しているわけではなさそうです。そして「う」や「ん」という「かな」の使用頻度が高いのもその通りです。
ではやはりNICOLAは未熟な配列なのでしょうか。
さあ、ではここで面白い実験をしてみましょう。
句読点やカギ括弧などを省いた「かな」だけの文章、純粋に「かな」打ちしているときの各指の移動率を見ようというものです。それが以下のグラフになります。

「かな」入力中は小指がほとんど動いていないことがグラフからも読み取れます。(母数を「かな」のみに限定しているため、個々の数値も変わってきています)
参考までにおなじ条件でTRON配列を見てみましょう。

良い悪いの話では、もちろんありません。でも、少なくともNICOLAという配列の考え方は見えてきませんか?
むかし読んだミステリーにこんなフレーズがあったと記憶しています。
「あんたの意見が正しいかどうかは問題じゃない、自分の考えを持っているか確かめたかったんだ」
わたしもNICOLAの設計思想が正しいかどうかを問題にするつもりはありません。ですが
- すべての指のなかで小指の負担を軽くする
- すべての指のなかで小指の移動も極力抑える
このふたつを両立させるため「う」や「ん」を小指ポジションに意図的に配置したのは明らかです。これが設計思想であったことは神田泰典さんの以下の文章からもわかります。
小指は動かしにくい指なので、小指はホームポジションのみとして、小指で手全体をホールドできるようにする。その代わり、頻度の高い文字をわりあてる。
(コンピューター知的「道具」考・NHKブックスより)
OACO
ここで私の配列OACOも参加させました。
【各指の使用率】

【各指の移動率】

あくまでも私の手持ちデータではこうなりました、という話です。機会があったら、次回は公のテキストデータを使って追試をしてみたいと思います。
ちなみにOACOで「ゅ」を割りあてた[P]キーのポジションは小指で打つとして数字を出しています。ですが、現実には(入力方式にかかわりなく)[P]キーのポジションを薬指で打つ人が多いんじゃないでしょうか。というか私はそうです。
シフト率
シフトキーの押下回数を競う競技です。行ってみましょう。

| シフト率 | 28.3 | 28.78 | 37.9 | 43.16 |
| 配列 | TRON | JIS86 | OACO | NICOLA |
TRON配列とJIS86配列が競いましたが鼻先の差でTRONでした。
TRON配列、JIS86配列、(本来は)プリフィクス・シフト系の2配列がシフト率が低いという結果になりました。
プリフィクス・シフトではシフト率が高いということはすなわちトータルの打鍵数が多いということになるので、これは当然といえるかもしれません。いかにしてシフト率を下げるかはプリフィクス・シフト系配列の生命線になります。
一方、親指シフトの場合はシフト側の文字でも単打するときとあまり変わらない感覚(錯覚?)で打てるので、シフトが多いか少ないかはそれほどシビアな問題にはならないように思えます。とはいえ、シフトがつづく場合はあまり打ちやすくなりません。
今回の競技はすべて、OACOの促音「っ」は正規のポジションで打つという想定です。「かな」キーのオーバーライドなどもしない前提でカウントしています。なので、じっさいのシフト率はもう少し低めになるかと思います。それでもTRON配列やJIS86配列には及びません。
交互打鍵率
左右交互打鍵率です。

| 交互打鍵率 | 60.67 | 59.54 | 57.35 | 56.21 |
| 配列 | TRON | JIS86 | OACO | NICOLA |
TRON配列がトップになりました。シフト率と違ってどの配列もだいたいおなじ、極端に差がでることはないですね。
交互打鍵っていいの?
ただそもそも論で、単純に交互打鍵率が高いと効率がよくなるのか、というと、残念ながらそういうデータは見つかりませんでした。
2014年の論文、「タイピング動作特性の解析」情報処理学会研究報告. コンピュータと教育 …, [2014 – cir.nii.ac.jp]
によると
連続した2文字に限定するならば、確かに交互打鍵は速いのです。ただ、その理由は「左から右へ」、というパターンが多いからですね。
打鍵の速い2文字
1,[C,O] 左→右
2,[O,U] 右→右
3,[H,E] 右→左
4,[E,M] 左→右
5, [E,M] 左→右
6, [A,K] 左→右
7,[H,I] 右→右
8,[I,D] 右→左
9, [O,O] 右→右
10,[U,N] 右→右
内訳
左→右というパターンが4例しかも上位を占めている
右→右というパターンが4例
右→左というパターンは2例
左→左というパターンはなし
被験者が右利きなのか左利きなのかによって違いがあるでしょうが、右→左→右→左とほんとうに交互打鍵になっていたら速いのかといったら、そんな単純な話ではなさそうです。
また全体の平均をとると、中級者レベルでは交互打鍵も同手打鍵もそれほどおおきな差がないようでした。
もう一点、これもそもそも論になるのですが、Qwertyローマ字入力の場合は「右手連打」に比べると「左手連打」は極端に少ないのです。つまり被験者が単純に”左手連打に慣れていない”という問題も軽視できないように思います。
さらに古いデータになるのですが、JIS86配列の規格書にも「左手 → 右手」が速く、「右手 → 左手」よりも「右手 → 右手」のほうが速いというデータがありました。
それなら、たとえば交互打鍵率の高いDvorak配列とQwerty配列の比較は? みたいなことはここでは書きません(また別記事で書く心づもりです)。
同指異鍵率
同じ側の手で文字キーを打つことになったとき、おなじ指が連続してほかのキーを打つ割合を競う競技をおこないました。

| 同指異鍵率 | 5.86 | 6.45 | 6.74 | 8.02 |
| 配列 | OACO | NICOLA | JIS86 | TRON |
くりかえしになりますがJIS86配列は本来プリフィクス・シフト方式ですし、TRON配列もおそらくはプリフィクス・シフト方式を想定しているので、じっさいの値は違うものになります。
あくまでもおなじ土俵で比べようという「筋肉番付」の競技方針です。
複数段超え
おなじ側の手が連続した場合に、上段から下段とか、中段から最上段というふうに2段以上の上下動がいかに少ないかを競いました。

| 複数段超え | 2.64 | 3.74 | 3.77 | 4.85 |
| 配列 | OACO | JIS86 | NICOLA | TRON |
OACOが良いという結果ですが、どういう測定方法を取るのかによってまた数値は違ってくると思います。
OACOでは句読点を親指に割りあてているため、句読点キー絡みで二段超えが発生しない点も有利に働きました。
中段での文字入力率
ホームポジションのある中段での文字入力率を競いました。

| 中段使用率 | 58.0 | 53.29 | 49.39 | 49.16 |
| 配列 | OACO | NICOLA | TRON | JIS86 |
全体的におおきな差はありません。
JIS86配列は濁点[゛]を割りあてた[L]キーを使わない設定ですので、かなりのハンディがありました。プリフィクス・シフトバージョンはこちらで。
下段の使用率
一般的にはシフトキーのある段、それを下段としています。
「交互打鍵率」が高いことがほんとうにいいのかは、やや不明瞭でした。それに比べ、下段への指の移動は負荷が大きい、というデータは明確に存在します。
上述の「タイピング動作特性の解析」でも初心者、中級者ともに、上段、中段とくらべ下段の打鍵が遅くなることが示されています。
ではスタートです。

| 下段使用率 | 10.47 | 13.79 | 21.46 | 21.46 |
| 配列 | NICOLA | OACO | JIS86 | TRON |
予想通りですが、ここはNICOLAの圧勝でした。
それ以外の配列も下段の使用率がほかの段と比べ低く抑えられているのがわかります。(偶然ですが、四捨五入するとJIS86配列とTRON配列の結果が同じになりました)
ただしJIS86配列の場合、正式には通常のShiftキーを使う仕様になっています。したがってShiftキー押下もカウントすると下段の使用率は悪化します。
親指シフトとローマ字入力を比べない理由
現在日本語入力の標準はqwertyローマ字入力です。どうして親指シフトとローマ字入力を比べないのか、という疑問が出てくるかもしれません。
その理由は下の表を見ていただければわかると思います。JIS86配列と謎配列Xの特性を比べたものです。
| 指標 | JIS86配列 | 謎配列X |
|---|---|---|
| 交互打鍵率 | 59.54 | 68.73 |
| 同指異鍵率 | 6.74 | 3.56 |
| 複数段超え | 3.74 | 2.51 |
| 下段使用率 | 28.78 | 18.81 |
国家が5年の歳月をかけて完成させたJIS86配列よりも、謎配列Xは交互打鍵率、同指異鍵率、複数段超え、そして下段使用率すべてにわたって上をいくスーパー配列です。
謎配列Xとは?
すでに答えを推察した人もいるでしょうが、謎配列Xの正体、それは、JIS86配列を、(親指)プリフィクス・シフト方式で打ち込んだときの数字を示したものです。
数字が違う理由は単純です。
プリフィクス・シフト方式ならば、シフト側の文字は必ず
- 交互打鍵になる
- 同指異鍵にならない
- 複数段上下動にならない
また濁音にかんしてもJIS86配列では多くの場合、左から右へという指運びで打てるようなレイアウトになっています。
なので濁音も多くの場合
- 交互打鍵になる
- 同指異鍵にならない
- 複数段上下動にならない
ということになります。そもそも交互打鍵がいいのか、というのはまた別の話ですが。
必然的に交互打鍵率、同指異鍵率、などすべてにわたって同時打鍵方式よりプリフィクス・シフト方式のほうが数字は全体に良くなります。分母が増えたら率は低くなる、子どもにもわかる算数ですね。
ではプリフィクス・シフト方式に切り替えたら正解なんでしょうか?
でも、書いたようにプリフィクス・シフト方式ですと分母が増えてしまいます。
JIS86配列の場合
1文字あたりの平均打鍵数 : 1.307打鍵
つまりJIS86配列ではキーストローク数が約30%ほど増加するんです。
交互打鍵率、同指異鍵率を良くするためにキーストローク数を増やすのだとしたら?
本末転倒ですよね。それでは「打ちやすさ」ではなく「数字のお遊び」が目的では? という感じになってしまいます。
親指シフトにたいする勘違い
それに加えて、親指シフトに対する勘違いの問題もあります。
ときおり目にする
親指シフトの良さはキーストローク数が少ないこと
という意見は勘違いだと思います。
キーストローク数が多いか少ないか、の話ではぜんぜんありません。
あくまでも
「その1打とその「かな」が一致している(ように感じられる)」
が親指シフトの良さ、というよりは「親指シフトする理由」なんですね(参考記事・「なぜ親指でシフトしたのか」)。
ここが親指シフトの一丁目一番地なので、考え方の異なるプリフィクス・シフト方式と比べること自体に意味がないのです。おなじ理由で、ほかの配列とキーストローク数を比較する、なども茶番という感じですね。
もちろん広義のプリフィクス・シフト方式ともいえるローマ字入力と比べるのもまた意味がないと思います。
ほかのプリフィクス・シフト方式の配列(たとえば月(2-263式)など)が参戦していない理由も同様です。
とはいえ、比べてみたいですよね。
「かな」配列筋肉番付、プリフィクス・シフト版
ということで「かな」配列筋肉番付、今度はプリフィクス・シフト方式グループで競技をおこなうことに決定しました。
Qwertyローマ字入力
ローマ字入力が「かな」配列といえるのか、という話はおいといて、ここは日本語入力の主役ですから外すわけにはいかないでしょう。
JIS86配列
今回JIS86配列は、開かずの間というのか、”禁断の” 親指プリフィクス・シフト方式を身にまとって出場します。
月2-263式
ネット生まれの面白い配列・月2-263式にかんしてはこちら、「月2-263式ちょこっと解説」で書いています。
Qwertyローマ字入力
【各指の使用率】

母音の[A]キーの使用率が高いのでだいたい予想通りのグラフになりました
【各指の移動率】

左手小指、使用率は高いんだけれど移動率は低い、というQwertyローマ字入力の特徴がよくでています。
[P]キーは小指を使う前提で数字を出していますが、そうでない人(私です)はさらに小指の移動率、使用率ともに低くなります。
JIS86配列(親指プリフィクス・シフトバージョン)
JIS86配列、幻の親指プリフィクス・シフト方式で実装してみました。
【各指の使用率】

親指シフト方式のときと違ってプレフィックスキーの打鍵も母数に含めているので、各数値は違います。今回は右薬指の濁点[゛]キーをちゃんと使う前提ですので、上のようなグラフになりました。全体のバランスはいいですね。
【各指の移動率】

右小指の移動率がやや高めな気がします。
月2-263式
【各指の使用率】

中指プリフィクス・シフト方式だけあって、本家のJIS86配列に比べるとやはり中指の使用率が高くなりますね。でも特定の指に片寄りがなく、バランスがいいです。
【各指の移動率】

こちらもきれいなグラフになりました。本家であるJIS86配列と比べても改善されていることがわかりますね。
NICOLA、急遽参戦
ところで、ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、ここは親指シフトのサイトです。プリフィクス・シフトグループの競技ではありますが、月2-263式とNICOLAの各指移動率をここでちょっと比べてみることにしました。

グラフを見て、「あれ?」と思った人はいないでしょうか。
どちらの配列も全体的におおきな差はありません。月2-263のホームポジション以外のキーを叩く率は、だいたいNICOLAとおなじような感じです。
でもこれ、ふつうに考えて変、なんです。
中指プリフィクス・シフト方式はホームポジション中指の位置をプリフィクス・シフトキーとしています。言い方を変えると本来ホームポジション中指の位置に割りあてることができた「かな」を、ホームポジションの外側に追い出しているのです。
である以上はNICOLAと比べ、全体的には各指の移動率が大きくならなければおかしいはずです。
ところがそうなっていない、ように見えます。
種明かしをすると、ふたつの配列は計算の仕方が違うんです。
月2-263式、書いたように各指の移動率はプリフィクス・シフトキーの押下回数を母数に加えての値です。つまり分母を30%ほど水増しした上で移動率をだしているので、じつは公平な比較になっていないのです。
なので、スタート地点をそろえて公平な比較をしたいと思いました。
そのため”率”ではなく、リアルな”押下回数”を出してみました。
ホームポジション以外のキーのストローク数
同じ文章をかなで1万文字打ったときに、各指がホームポジション以外のキーを実際に何回打つことになるかの回数、を出しました。

| 押下回数 (1万字中) | 左小指 | 左薬指 | 左中指 | 左人差し指 |
|---|---|---|---|---|
| NICOLA | 201 | 774 | 861 | 1050 |
| 月2-263 | 303 | 508 | 980 | 1748 |
| 押下回数 (1万字中) | 右小指 | 右薬指 | 右中指 | 右人差し指 |
|---|---|---|---|---|
| NICOLA | 252 | 450 | 551 | 1132 |
| 月2-263 | 530 | 660 | 987 | 1615 |
これがリアルな打鍵回数の差です。
NICOLAはプリフィクス・シフトではないので率と押下回数は直結します。一方、月2-263は「計算上の移動率」から分母の水増し分が消えるので、実際の押下回数は大きく変わります。
グラフはまったく違ったものになりました。
ほーら、やっぱりNICOLAっていいでしょ、とそういうことをいいたいわけではありません。そうではなく、入力方式の異なる配列を比べるのはけっこう面倒くさいし、どういう角度で光を当てるかによってぜんぜん結果は違ってきますよ、ということを言いたかっただけです。
以上、「かな」配列筋肉番付、番外編でした。
交互打鍵率

| JIS86 | 月2-263式 | Qwertyローマ字入力 |
| 68.73 | 68.67 | 47.36 |
JIS86配列と月2-263式交互打鍵率は僅差でした。
なお、プリフィクス・シフト方式にするとシフトキーの押下回数が母数に含まれるので、同時打鍵を想定したときとは違う値になります。
同指異鍵率

| JIS86 | 月2-263式 | Qwertyローマ字入力 |
| 3.56 | 4.27 | 7.97 |
月2-263式よりもJIS86配列のほうが同指異鍵率が低い理由は、JIS86配列を親指プリフィクス・シフト方式で各数値を出しているからです。
中指プリフィクス・シフトだとシフトキーの直前のキーポジションによっては同指異鍵になりますが、親指プリフィクス・シフトでは理屈上それがありません。
じゃあ中指ではなくて親指プリフィクス・シフト方式にすれば正解なのか、といえば、そんな単純な話ではないと思います。という話は「月2-263式ちょこっと解説」でちょこっと書いています。
複数段超え

| JIS86 | 月2-263式 | Qwertyローマ字入力 |
| 2.51 | 2.85 | 12.91 |
ローマ字入力の場合、「の」「に」といった使用頻度の高い「かな」で必ず2段超えになるためおおきな値になってしまいました。
とはいえ不自然な指運びではないので、慣れたらそんなに気にはならないよ、という意見の人も多いかもしれません。
中段での文字入力率

| JIS86 | 月2-263式 | Qwertyローマ字入力 |
| 53.96 | 43.76 | 32.64 |
JIS86配列と月2-263式でけっこう差が出たのは”文字入力率“を求めたからです。文字入力率ではなく月2-263式・中段でのキーストローク率を求めると、53.2という数値がでました。ここをどう捉えるかは人それぞれでしょうけれど。
ローマ字入力の場合、とくに右側は上段がホームポジションみたいなもの(?)なので、あまり意味のない比較だったかもしれません。

以上、「かな」配列・松千代ランキング。でした。
OACOの項でも書きましたが、今回はあくまで私の手持ちデータで比較しました。いずれ機会がありましたら、公のテキストデータをもとにした比較もしてみたいと思います。
了
付録編
なぜ古い配列ばかり?
出場選手、ではなくここに出てくる配列は、主として1980年代に登場した古い配列ばかりです。今どきの配列はないの? と思いますよね。
ちょっとオーバーではありますが、このサイトのテーマのひとつは「実務としての親指シフト」なんです。
それを前提としての話です。あくまでも一部の配列にすぎないのですが、最近の「至高の配列」のなかにはどう考えてもこれ、実装に無理があるよね、と思えるものがあるんです。仕事として使うものではなくて、ゲームとかスポーツとかそっちの世界だなあ、という感じです。
例えるなら、交通量の多い道路に歩道橋をかけようと相談していたとき、妙なおじさんが現れてこういうことを言います。
「いやいや、歩道橋なんかいらないよ、車の屋根の上をポンポンポーンと飛びこしていけば最速で道路を渡れるじゃないか」
法律的にあるいは倫理的にどうのという話は横においといて、さらに「車の屋根の上をポンポンポーンと飛びこして」しまうことが簡単にできる人がいたと仮定しても、でもそれは究極ゲームとかスポーツとかそっちのほうの世界ですよね。
なんのために歩道橋が必要なのか、という本来の目的からは完全にズレてしまっています。
オーバーな例えになってしまいましたが、一部の「至高の配列」にたいして、そんな感じのズレを見てしまいます。おもしろいと思うけど、仕事で使うものじゃないよね、と。
※具体的にどんなふうにズレているのかにかんしては「なぜ親指シフトは忘れ去られたのか」などという記事にもそれとなく書いているので、よかったら目を通してみてください。
だからといって特定の配列をあげつらったり批判するのがこのサイトの趣旨ではありません。
なので、実際に被験者を使ったタイピングテストなどを経て作成され、ある程度は評価も定まった80年代の配列を基本としました。
また月2-263は80年代の配列ではありませんが、プリフィクス・シフト方式を採用しています。月2-263が使いやすいかまではわからないのですが、プリフィクス・シフト方式ならば少なくとも実装上の問題はありません。個人的にも親近感を持った配列なのでとりあげました。
JIS86配列(新JIS配列)ちょこっと解説
1986年、国家が約五年の歳月をかけて完成したのがJIS86キーボード、当時の呼称でいうと新JIS配列です。
この配列が生まれたおおきな要因として親指シフトキーボードの頭を抑えることがありました。
1980年に世に出るとほぼ同時に普及する兆しを見せかけていたOASYSキーボードを、国家の威信にかけて制止する。それが目的のひとつであったことは「新JISキーボードの時代」という記事のなかで書きました。
配列策定にあたっては高校教科書・130万字を中心に科学技術系論文や「天声人語」などを調べ、「かな」の使用頻度、2文字連接、3文字連接の使用頻度なども解析したということです。
さらにはオペレーターの指の運動特性を調べるため、延べ32名の被験者を使って各キーをタイピングしたときの移動時間などを測定していき、その実験結果を踏まえて配列を決定しました。(参考・JIS86配列「JIS C 6236-1986」規格書より)

ところで、JIS86配列はプリフィクス・シフト方式を前提としています。正式には「プレフィックス形シフトキー」という表現です。
プリフィクス・シフト方式というのは、シフトキーを打って、そのシフトキーが離されたあとでも次のキーにたいしてシフトの効果が有効になる方式です。
この場合のプリフィクス・シフトキーのポジションは、もちろん通常のShiftキーです。
センターシフトで行こう
ところで、JIS86配列の規格書に目を通すと、最後の方で「センターシフト方式」(規格書ではセンタシフト方式)という語句が目に留まります。シフトキーのポジションを親指で打てるようにする、ということのようです。
JIS86配列制定からずいぶん時が経っているので最近は「トンデモ」な論調を目にすることが多いのですが、この「センターシフト方式」にかんしてもちょっと首をひねりたくなるような表現をみかけることがあります。
たとえば、誰もがその名を知るような超有名サイトにおいても
(JIS86配列は)「シフトキーとして「小指位置」または「親指位置」を使用し
2026年9月現在、上のような記述があるのですが、これは誤解をまねく文章です。
「センターシフト方式」はあくまで「運用に関する付帯規則」、例外事項にかんする取り決め規定、といったものでしかありません。
もし(個別のメーカーが)「センターシフト方式」にしたいのであればJISとしても規格外にはしませんよ、サイドシフトのないキーボードは認めないけれど、付加的にセンター付近に配置するのであればその場合は認めましょう、と趣旨としてはそういうことです。
「親指位置」まで含めた「センターシフト方式」を正式に規定しているわけではありません。
規格が定めているのはあくまで通常の(サイドにある)Shiftキーだけです。

余談になりますが、JIS86配列の実質的な作成者とされる渡辺定久さんご自身は、センターシフト方式に対しては明確に否定的な考えを持っていたようです。
(参考・仮名漢字変換形日本文入力装置用けん盤配列について「教育と情報」(第一法規出版)より)

ではありますが、ここは親指シフトのサイトです。
今回は”土俵をそろえる”ため、「センターシフト方式」で行くことにしました。それも親指プリフィクス・シフト、だけではなく、強引にOASYS方式、親指シフト方式としても各数値を出しました。
ですので、本来のJIS86配列の特性とは隔たりがあることをおことわりしておきます。
TRONキーボード(&配列)ちょこっと解説
1984年、産業界と東京大学が協力し東京大学の坂村健氏によって開始されたのがTRONプロジェクトです。
TRONプロジェクトでは近い将来に到来するだろう電脳社会(高度にコンピュータ化された社会)を想定していたそうです。人々の生活のあらゆる場所に行き渡ったマイクロコンピュータが相互に通信し、協調動作する分散システムを社会に構築しようという、壮大なプロジェクトだったようです。
このTRONプロジェクトにおいて現在のPC用OSにおおむね相当するのがBTRONです。そしてBTRONにおける入力仕様として位置づけられたのがTRONキーボードです。
20歳から60歳までの男女約150名の手の形や可動範囲などを測定してキーボードの形状を決めたそうです。また、「かな」の配置にしても160万字を解析してその使用頻度、あるいは2文字連接表などをもとに最終的なレイアウトを決定したようです。
(参考・BTRONにおける入力方式「日本語文書処理7-2」(1986.7.9)より)
TRONキーボード(&配列)はJIS86配列制定直後に提唱されたこともあり、配列の設計方針としてはJIS86配列にかなり近い印象です。

ところでTRONキーボード(&配列)、本来は親指シフト方式ではありません。
書名などは失念してしまいましたが、
「親指キーを押して、離したあともシフト機能が有効になるところが、OASYSキーボードに対するアドバンテージである」
といった趣旨のプリフィクス・シフト方式優位論を坂村健氏ご自身が説いていたことがあります。
また、TRONキーボードの使用を前提としたBTRONの仕様もプリフィクス・シフト方式を想定していたという認識です。
もう一点、そもそも論になるのですが、TRONキーボードが公表された1986年(あたり)は富士通が親指シフトのライセンスをガッチガチに保持していた時代でもありました。
その後、親指シフトキーと変換キーを共用する変換キー共用型という特殊条件に限ってはライセンスフリーとしますよ、という合意がなされたのが1989年NICOLA規格成立の時です(参考記事・「親指シフトは新JIS配列の夢をみるか」)。
したがってもしTRONキーボードが親指シフト方式を採用するのであれば、当時の富士通とライセンス上の契約を交わす必要がありました。でも、そんなことになったら”オープンアーキテクチャ”を主眼とするTRONプロジェクトの理念そのものが崩壊してしまいます。
なので社会情勢的な視点からもTRONキーボードは親指シフト方式ではありえません。
ところが2007年頃に登場したμTRONキーボードではNICOLA方式でTRON配列が実装されていたらしいです(この時代はすでに親指シフトのライセンス期間は切れていたはずです)。
「実績」がある以上は親指シフト方式にしてしまいましょう。
ということで
今回の筋肉番付、TRONキーボードも強引に親指シフト方式にしてしまいました。
月2-263式ちょこっと解説
1986年にJIS86配列が制定されてまもなく、印象の深いふたつの配列が提唱されました。ひとつはTRONキーボード(配列)であり、そしてもうひとつが冨樫 雅文さんが考案した中指シフト「花」でした。
私が知ったのは1980年代に「ざべ」という月刊誌に掲載された冨樫 雅文さんの文章からでした。その時は「花」配列よりも冨樫 雅文さんの文章から伺われるキャラクタのほうに興味を持ちました。正直、「ちょっと変わった人だな」(すいません)という印象でした。
その後2000年代に入って「花」押しのサイトを見かけました。いろんな配列を比べて見たら「花」がいちばん良かったよ、みたいなベンチマークテスト? の結果を出してきたサイトでした。
まず「花」ありき、という結論が先にきた比較だったので手法には問題があるように思えました。ですが、「花」をWindowsで実装するプログラムなども頒布して、一部で話題になったようです。
ちょっとうろ覚えの部分もあるのですが、このとき頒布されたソースコードを見ると面白い工夫がなされていました。配列を少し変更して日本語キーボードだけではなく、英語キーボードでも使えるようにしていた、と記憶しています。つまり、完全に代替ローマ字入力と言える入力環境を構築していたのです。「ああ、これをやりたかったんだなあ」などと思ったことを覚えています。
この流れを受けて(と、私は解釈しています)、その後マニアックな”2ちゃんねる”という匿名掲示板・新JISスレッドのなかで
「じゃあ、新JISをもとにして「花」の手法を採り入れたらもっとすごくね?」
みたいな展開になりました。
こうして2ちゃんねる上で新しい配列が生まれていくのでした。新JISと「花」の良いとこ取りというわけです。バリエーションには当時からすでにいろんなものがあって、必ずしも中指プリフィクス・シフト方式に限らないのですが、しだいにスタンダードともいえる形態が出来上がっていきます。
こういう経過を経て、ネット生まれの素敵な配列・月2-263式が生まれました。
わたしはこのマニアックな新JISスレッドのなかで2-263式ができあがっていく過程をほぼリアルタイムで見ているので、個人的にはけっこう親近感を持っています。
書いたようにバリエーションは無限、と言っていいくらいいろんな流派があって現在も最新版の「月」が提唱されているようです。ですが、基本的には2-263式と大きくは変わらないかな、というのが私の印象です。