Qwerty配列とは、現在私たちが目にするふつうのキーボードの配列です。英語キーボードと日本語キーボードとでは記号の配置などが微妙に違ってたりするのですが、アルファベットが刻印されたキーの位置はおなじです。

ところが最近ではこの「ふつうのキーボード」とか「ふつうのキー配列」という概念がかなり怪しくなってきました。数年前から流行しはじめた自作キーボードが一時的なブームにとどまらず、市販のキーボードにも影響を与えてきているように見えるからです。

あの東プレ・REALFORCEに左右分割モデルが出るなどと5年前にいったい誰が予想したでしょうか?

さらには市販のキーボードのなかには多くの自作キーボードで使われている仕組み(QMKファームウェアなど)を採用する製品も出てきました。

自作キーボードというと、”個性的なキー配置”を実現するハードウェア、外観のほうに目が行きがちです。ですが、QMKファームウェア(やその派生)を使うと物理的なキー配置はそのままで、[A]キーのポジションで”B”や”C”を打てるようにするといったようにキーの実体(中身)を切り替えることが簡単にできてしまいます。

あとはキーキャップだけ交換すれば即席で新しい配列の完成です。

こういう状況で、今まで通りQwerty配列を使いつづけることにどれだけの意味があるのでしょうか?

Qwertyキーボード

Qwertyに代わる配列の、選択肢となりえるようなものには(Colemak配列など)いくつかあるのですが、おそらくもっとも有名なのはDvorak配列ではないでしょうか。あまりキーボードに詳しくない人でも、伝説的な配列としてその名を目にしたり聞いたりしたことがあるかもしれません。

私自身もDvorak配列の名を目にしたのはずいぶん昔のことになります。

 Qwerty配列は入力効率のことなどまったく考えられていないバラバラなキー配置。それに対し、Dvorak配列は英文の使用頻度を考慮し最適化されたキー配置なので、Qwertyよりずっと速い

でも

 いくら技術的に優れていても、先行して普及したQwerty配列を上回るのが困難なデッドロック状態(ロックイン)に陥ったために、Dvorak配列が普及することはなかった

という話を目にしました。

私が知りたかったのはなぜ普及した(or しなかった)かではなく

Dvorak配列なら具体的に「どれだけ速く打てるのだろうか?」

ということでした。

正確に測ることはできないにしても、おおよその目安くらいは(もしあるならば)知りたい、そう思いました。

そこで過去におこなわれた比較実験や研究論文などを一通り調べてみました。

結論を先に書くと、

「Dvorakの方が大幅に速い」ことを証明した、信頼できる研究は見つかりませんでした。「Dvorakの方が少しだけ速いかもしれないけれど、その差は小さい」とする研究が多い、というのが現時点での答えになります。

もちろん私が調べた範囲内では、という話なので、もしかしたら「Dvorakの方が大幅に速い」ことを証明するデータがどこかにあるかもしれません。あるいはこれから出てくるかもしれません。

記事の後半では、「Qwerty配列って、じつはそんなに悪くないかもよ」という趣旨で書かれた、比較的最近の論文も紹介しています。

Qwerty配列とDvorak配列

Qwerty配列とDvorak配列、どちらも歴史のある配列です。とくにQwerty配列は誕生してからおよそ150年が過ぎているにもかかわらず、現代も世界中でもっとも使われている配列だと言われています。

配列の誕生

Qwerty配列は1870年代、発明家のクリストファー・レイサム・ショールズが考案し、1874年にレミントン社(E.レミントン・アンド・サンズ社)がリリースしたタイプライター「Sholes & Glidden Type-Writer」が採用した配列です。

ショールズが最初にタイプライター特許を出願したのが1867年、それから仲間とともにさまざまな試行錯誤、改良を重ね、7年越しで商品化されたのだそうです。(参考サイト・タイプライターに魅せられた男たち・特別編第2回、ほか)

タイプライターを改良するあいだも、あるいはその後も、配列には変遷があり、すべてのアルファベットの配置が現在のものと完全に一致したタイプライターは、1882年にウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社が販売した「Remington Standard Type-Writer No.2」になるようです。

機械式タイプライターの鍵盤

その後タイプライターからコンピューターのキーボードにバトンタッチして、さらに現代にいたるわけですが、英文を打つための配列はQwertyが主流です。

Dvorak配列は1930年代、ワシントン大学の教育学部(当時)准教授だったオーガスト・ドヴォラックが設計した新しい配列でした。

日常的に使う英単語のうち使用頻度の高い70%が、キーボードの中段(AOEUIDHTNS)だけで打つことができ、さらには英文のなかで頻度の高い「連続する2文字」が、別の指で打てるようにキーを配置したということでした。

Dvorak配列の鍵盤

ドボラックの主張

使用頻度の高い文字(単語)を打ちやすくする、そういう考えにもとづいたキーボードを普及させることが教育の務めなのだという信念を、ドボラック教授は抱いていたようです。それとともにショールズが作ったQwerty配列を論文などで攻撃しています。

この奇妙で継ぎはぎだらけのキー配列は、ショールズが断腸の思いで繰り返した実験の末、印字点における衝突や引っかかりが起こらないように、キーの配置を決めたものだ。そのような機械的な問題点は、現代のタイプライターからとうの昔に消え去ったにもかかわらず、この継ぎはぎだらけのキー配列は変更される気配すらない。
(引用元「タイプライターに魅せられた男たち・第36回」より)

初期の機械式タイプライターは、キーを叩くと連動した細い金属のタイプバーが扇状に飛び出して紙の裏側から文字を打つ仕組みになっていたそうです。

機械式タイプライター
タイプライターのイメージ図

あまりに速く次のキーを叩いてしまうと、先に戻りきっていないタイプバーと、新しく飛び出してきたタイプバーが空中でぶつかり、絡まってしまうジャミングという現象が現れるのでした。

また、近接する文字同士だとこのジャミングが起こりやすくなるため、

よく使う文字同士のタイプバーが物理的に隣り合わないように遠ざけ、ジャミングをなるべく起こりにくくする


という目的で、あえて打ちにくいバラバラな配置に設計されたのがQwerty配列だとされてきました。

「タイプライターに魅せられた男たち(オーガスト・ドボラック)」に目を通すと、Dvorak配列がここまで有名な配列となった背景には熱心で継続的なロビー活動があったことがうかがわれます。それと同時にドボラックは以下のようなQwerty配列批判を展開しつづけています。

ショールズは故意に、現代の全指タッチタイピングに対して、ほとんど最悪とも言えるキーボードを作った。

ー中略ー

そこで、タイピストのスピードを遅くしてタイピストを困らせるため、ショールズは意図的に、キーからキーへの指の移動が極端に長くなるように、キーを配置した。

(引用元「タイプライターに魅せられた男たち・第46回」)

Qwerty配列はタイピングをわざと遅くするためのキー配列である、という「Qwerty神話」の端緒がここにあるようです。

米国海軍の比較試験

1944年、米国海軍によるQwerty配列及びDvorak配列の比較試験がおこなわれました。

当時は第二次世界大戦中で海軍は人手不足、タイピストも不足していたそうです。そこでQwertyのタイピストを再訓練してDvorak配列に切り替えたときに、再訓練の手間に見合うほど作業が速くなるのかを確かめる、という趣旨の試験だったようです。

その結果はDvorak配列の圧勝でした。

Dvorakの速度が74%向上し、そして有名な結論

Dvorakへの切り替えによる生産性向上によって、訓練費用を約10日で回収できる

を海軍に提出しました。

つまりDvorak配列は最適化がなされた配列であり、入力効率も有意に高くなり、Dvorakへ切り替える価値が十分あることが示されたわけです。

奇妙な展開になるのはこの後のことです。

再訓練の手間に見合うほど作業が速くなるかを確認するための試験で、試験の結果はその目的に沿ったものだったにもかかわらず、海軍はDvorak配列への切り替えを見送ったのです。

謎です。

こういうときに決まって頭をもたげてくるのが陰謀論です。

海軍はDvorak配列のタイプライターを発注していたが、当時の米国財務省が横槍を入れてその注文を差し止めた(だから実現しなかった)

などという説もあったようです。ですがこれにかんしては裏付けとなるような政府の記録は見つかっておらず、実態はDvorak肯定派が発信する都市伝説の類に近いものだったようです(後述)。

それでも

Dvorak配列は速い、Qwerty配列よりすぐれている。という説がその後語られるようになりました。

その完成度の高さにもかかわらず海軍に採用されなかった悲運の配列。

そして「Qwerty配列は非効率な配列であり、たんに歴史的偶然により生き残った標準にすぎない」という説が、主として経済学者などからけっこうな説得力をもって語られるようになったのでした。

反証、さらに反論

実をいうとこの海軍の試験にたいする追試ともいうべき実験を戦後の1956年、米国政府の General Services Administration (GSA) が行っています。

委託を受けたペンシルバニア州立大学のアール・ポール・ストロング(Earl Poe Strong)は、20人の被験者に対し、10人はDvorak配列への転換訓練を、残り10人にはQwerty配列の強化訓練を4ヶ月間、実施したとのことです。

実験の末「Dvorak配列がQWERTY配列より効率的であるという証拠は見いだせない」という結論をストロングは出しました。これを受けてGSAは「アメリカ連邦政府はDvorak配列を採用しない」という決定を下しています。

しかしドボラック配列の推進派は、ストロングは最初からDvorak配列に批判的だったと主張したようです。当然、彼らによるQwerty批判はとどまりません。

「キーボード配列QWERTYの謎」安岡孝一 + 安岡素子 著(NTT出版)という書籍には、

ドボラック配列の優位性を信じて疑わない人々は、ストロングの実験のさなかにも、こぞってQWERTY配列を攻撃していた
(引用元「キーボード配列QWERTYの謎」)

と書かれています。たとえば、1956年1月12日のニューヨーク・タイムズ紙には以下のような記事が掲載されました。

結局ショールズは、単語のなかで高い頻度で連続して現れる文字どうしを、できるかぎり遠くに配置してしまった。これが、今日の標準的なキーボードだ。
(引用元「キーボード配列QWERTYの謎」)

その後も同じような論調はとどまりません。たとえば1972年11月号、「コンピューター・アンド・オートメーション」誌には以下のような論説が張られたそうです。

ドボラック博士の発明が受け入れられるまでの苦闘の歴史を話す前に、今日において広く使われているタイプライターのキーボードが、どのように作られたのかを記す必要があるだろう。
このキーボードは、タイプライターの発明者クリストファー・ショールズによって実験的に設計されたもので、タイピストのスピードを遅くするためのものだ。
(引用元「キーボード配列QWERTYの謎」)

著者もこれは「事実に反している」と断言しています。しかしこういった説が広まり、さらには日本国内にも伝播して、著名な学者なども疑うことなく同様の論調でQwerty配列を語ることになるのでした。

通説、くつがえされる

時は流れ、1990年になって上の説( = Qwerty配列は運良く生き残っただけ説)を痛烈に批判した論文が出ました。

“The Fable of the Keys” (1990)

経済学者 Stan J. Liebowitz と Stephen E. Margolis の論文のなかでは、1944年におこなわれた海軍試験の原報告書そのものを入手し、綿密に検討しています。

その結果、この試験にはいくつか不明朗な点があることを指摘しています。

たとえばDvorak側の被験者14人とQwerty側の被験者18人が、同じ条件でランダムに選ばれているとは言いがたいのではないか、という点があげられます。つまり被験者の選択自体になんらかのバイアスが働いていた疑惑がある、という指摘です。

さらにはDvorak側の被験者のみ再訓練がおこなわれ、Qwerty側には単純な意味で同じ条件の再訓練が行われていない、という点についても言及しています。

そしてもう一点、おおきな問題があります。

1944年の海軍試験について、原報告書には

  • 実験を誰が実施したのかが明確に書かれていなかった

そうです。

ところが後の調査から、

  • Dvorak配列の発明者であり、特許権者August Dvorak自身が専門家として関与していた

ことがわかりました。

同様の指摘は比較的最近(2025年)

Craig S. Galbraith と Neil Kay の論文

“Hidden in plain sight: QWERTY, the search for optimality and IP complementarity”
Business History 67(8), pp. 2209–2231

にも見られます。

この論文のなかで1944年の海軍試験について以下のような指摘をしています。

  • ドボラック自身が1940年代の政府・大学研究を監督していた
  • ドボラックが発明者であり、この配列が海軍に採用されたら特許によるライセンス収入を得る立場だった
  • 1944年米海軍試験もドボラック自身が実施・執筆したものと後から判明した

「うそだろ」みたいな話です。

1944年の米海軍試験の実態は、ドボラック博士の自作自演(?)に近いものだったのでしょうか? ならば、海軍がなぜDvorak配列を採用しなかったのか、というのは謎でもなんでもない、ということになります。

前掲の書「キーボード配列QWERTYの謎」によると、Dvorak配列へ変更してしまうと、当時海軍が使っていたテレタイプ(通信用のタイプライター)との機構上の互換性をなくすのでそもそもが無理筋な話だった、という趣旨のことが書かれています。

なので「海軍はDvorak配列のタイプライターを注文したけれど、米国財務省が横槍を入れて差し止めた」という説は、やはり都市伝説だったようです。

いずれにしても

「DvorakがQwertyより圧倒的に優れていた」

という歴史的証拠はかなり疑わしくなってきました。

論理的にはDvorak配列の優位性は動かしがたいように見えます。

ホームポジションでの使用率の高さ、おなじ指が連続して異なるキーを打つ同指異鍵率の低さや、あるいは交互打鍵率の高さなども、Dvorak配列が優れていると言われています。多くの要素でDvorak配列は、Qwerty配列にたいして水をあけているように見えます。

ところがアメリカ合衆国の独立機関・GSAは両者に差はないという結論をだしているのです。

ほんとうに差はないのでしょうか。

Dvorak配列とQwerty配列との比較研究、あるいはもっと広い意味で配列の入力効率に対する研究は古くからおこなわれてきました。

時系列に沿って紹介します。

人間工学の研究

まずは1975年の論文です。

Typing Speed, Keying Rates, and Optimal Keyboard Layouts – Robin Kinkead, 1975 (https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/154193127501900203)

著者は Robin Kinkead(キンケード)

人間工学の学会(Human Factors Society)の第19回年次大会の論文集より

1975年、ロビン・キンケードは熟練タイピストの打鍵時間を分析し、QWERTY配列でも熟練者は運動機能の限界に近い速度で打っているため、

Dvorak配列に変えても速度はほとんど上がらず、2〜3%程度

と見積もっています。さらに理想的な配列を仮定しても速度向上は7〜8%程度にとどまることを示しました。

速度を大きく上げるためには、配列の並べ替えよりも打鍵数そのものを減らす方が効果的だと書いています。

IBMワトソン研究所の論文

1977年です。

Miller, L. A., & Thomas, J. C. Jr. (1977). Behavioral issues in the use of interactive systems. International Journal of Man-Machine Studies, Vol. 9, pp. 509–536

1977年、IBMワトソン研究所のミラー&トーマスは、対話型コンピューターシステムの使いやすさに関する先行研究を概観した論文を発表しました。そのなかで

「一般的なタイピングにおいて、QWERTYに対して現実的に意味のある優位性を示した代替配列はない」

と述べています。

認知科学の論文

1982年、認知科学の権威、ノーマン&フィッシャーの論文です。

Donald A. Norman & Diane Fisher (1982), “Why Alphabetic Keyboards Are Not Easy to Use: Keyboard Layout Doesn’t Much Matter”
Human Factors, Vol. 24, No. 5, pp. 509–519

認知科学者のドナルド・ノーマンとダイアン・フィッシャーは、ABC順配列・QWERTY配列・Dvorak配列などを比較した論文を発表しました。

ABC順配列は初心者にとってかならずしも打ちやすいわけではないとしています。またその一方で熟練者の打鍵をコンピューターで再現して比べると、

「DvorakとQwertyの差はわずか5%程度にとどまる」

としています。

キー配列を最適化しても、肉体的な指の運動限界や認知的な処理速度がボトルネックになるため、結果として速度差には結びつかないということのようです。

偶然ですが、この論文の副題は「キー配列はあまり関係ない」なのだそうです。

ソウル大学の比較実験

2014年。

Comparing QWERTY and Dvorak Keyboard Speed: a Pilot Study

「QWERTYとDvorakの打鍵速度の比較:予備的研究」

ソウル大学のチョ・ハンジュンは、慣れの差が結果に影響しないよう工夫した比較実験を行いました。その結果、参加者15人中12人がDvorak式の指の動きで速く打てたということでした。

ただし、

「速度の差は約5%にとどまった」

ということです。

予備的な研究で人数も少ないものの、「Dvorakはわずかに速いが、その差は小さい」という過去の研究とよく一致する結果でした。

Dvorak配列にしてもColemak配列にしても、論理的には最適化がなされた「正解」な配列、Qwerty配列よりすぐれた配列と言えそうです。

しかし理想的な配列であったとしても実際のタイピングの最高速度はせいぜい数%程度しか上がらないというのが、これら論文データから導き出された結論のようです。

次にどのキーを打つか、という認知のほうに脳内資源が割かれるので、そこがボトルネックになってタイピングに差が生じないのではないか、あるいは運動機能的な限界など、研究者はさまざまな理由をあげているようです。


先に紹介した海軍の試験にたいして疑問を呈した Craig S. Galbraith と Neil Kay の2025年の論文

“Hidden in plain sight: QWERTY, the search for optimality and IP complementarity”

は、なかなか興味深い内容になっています。この論文の基本的な主張を一言でまとめると

Qwertyは「偶然生き残った非合理的な配列」ではなく、当時の技術的問題と市場競争を考えて意図的に設計された、かなり合理的な解決策だったのではないか

ということのようです。

書いたように当時の機械式タイプライターには、タイピングに連動した細い金属のタイプバー同士の衝突・ジャミングが発生するという問題がありました。

一般的なQWERTY配列の説明では、ジャミングを避けるため

よく使う文字を左右に分散させた

という話がよく出てきます。

まれな組み合わせの原則とは

しかしガルブレイス & ケイが注目するのは、それとは少し違います。

ショールズが最初に解決しなければならなかったのは、

人間の指の移動効率ではなく、タイプバーの機械的衝突

だった、としています。

だから、

タイプバーが隣あう文字
↓
英語ではめったに続かない組み合わせにする
↓
タイプバー衝突が起きにくくなる
↓
機械的信頼性が上がる


という設計思想だった、としています。

論文ではこれを「まれな組み合わせの原則(infrequency principle)」という言い方をしています。

実際、タイプバーの束の中で隣り合っている文字を順に並べると

QAZSXDCFVGBHNJMK

となるのだそうです。だとすると、QAとかFVのようにふつうの英文では続かない組み合わせになります。

Qwertyに込められた意図

よくあるQwerty神話に、

Qwerty配列はタイピストの速度を意図的に遅くするために作られた

という説があることは、すでに幾度か触れてきました。

しかし上の理屈でいくと事実はまったく逆、ショールズはタイプライターの効率が悪くなるのを避けようとしていた、ということになります。

ガルブレイス & ケイも論文のなかで

ショールズはむしろ、

タイプバーの衝突を減らすことによって、タイプライターそのものの実用的な速度を上げる

という意図だった、と解釈しています。

ショールズの手紙

ガルブレイス & ケイは、ミルウォーキー公立博物館にある「デンスモア・コレクション(Densmore Collection)」で、約600点の手紙や記録を何年もかけて調べています。

ジェームズ・デンスモアはショールズの共同開発者であり、資金提供と売り込みを担当していた人物でした。ジェームズ・デンスモアやその兄弟とショールズがやりとりした手紙のうち、特にQwertyがほぼ現在の形に固まった1877〜1878年ごろのものを調べたそうです。

そこから、

QWERTY配列においてショールズはタイピングを遅くしようと考えていた

どころか、

ショールズはタイピング速度をいかに高めるかを考えていた

ことがわかった、としています。

例えば1877年にショールズがジェームズ・デンスモアに宛てた手紙では、

一分間に60語(60 words per minute)

という記述があったそうです。

もし機械が1文字ごとに1/12秒ずつ遅れたら30語しか打てず、成果は半分になってしまう

と、わずかな機械的な遅延がいかに速度を低下させるか、ということについて議論しています。

それ以外にもショールズがタイピング速度を気にしていたことを示す手紙があり

実際にはショールズが、

  • typebarの衝突を避けること

と、

  • タイピング速度を確保すること

という二つの目的を両立させようとしていたと、著者たちは解釈しています。

つまり

「Qwerty配列はタイピングが遅くなるよう設計された非効率な配列であり、たんに歴史的偶然により生き残った標準にすぎない」

という通説はまちがいだというのが、著者たちの主張したいことのようです。

隠されていたこと

あらためて、ガルブレイス & ケイが発表した論文のタイトルは「Hidden in plain sight(見えているのに隠されている)」です。

配列そのものは誰の目にも見えている。でも、その考え方は隠されている。

ショールズはタイプライターの特許を取り、そのなかにQWERTYの図面が含まれている(米国特許207559号、1878年)。

ところが、請求項(権利として主張する内容)にQWERTY配列は含まれておらず、対象としていたのは機械の仕組みだけだった。

なぜか?

タイプライターの機械そのものは特許で守ることができる。

一方、配列にほどこされた工夫、考え方、つまり「まれな組み合わせの原則(infrequency principle)」が特許として認められることはないだろう(と判例より類推できる)。だから、公表はせずに秘密のままにしておく……。

この二つを組み合わせて、ショールズとその仲間たちは彼らの発明を守ったのだ。

というのが著者たちが主張したいことのようでした。

ガルブレイス & ケイの論文に私は全面的に賛成というわけではありません。

「Qwerty配列が生き残ったのは歴史的経路に依存してきたからだ」という通説に、私自身はどちらかというと賛成です。

一般論として、タイピングの経験がない人がA配列をマスターするのはむずかしくないと思います。でも、B配列をマスターした人が新たにA配列をマスターしようと考えるとその難易度は指数的に高くなります。

私自身も仕事になるレベルにまでマスターしていた配列を切り替えた、という経験が人生で2回あります。そして、慣れた配列を別の配列に切り替えるのは(とくに最初の数カ月間は)ストレスの連続であり、けして楽ではありませんでした。

たとえるなら庭に木を植えるのはむずかしくないけれど、すでに生えている木と新しい木を植え替えるのは簡単ではないよ、なぜなら今ある木はすでに地中深くまで根を伸ばしているから、という感じです。

なので「Qwerty配列がなぜここまで普及したと思うか」と他人から問われたら

「最初に普及したから」

というのが私の答えです。

この記事のなかで幾度となく触れている書籍「キーボード配列QWERTYの謎」によると、Qwerty配列が普及した背景には、実質的にQwertyを保護することになったタイプライター・トラスト(業界を保護するための企業結合)の役割もおおきかったと書かれています。

けっきょくQwertyが普及したおおきな理由は経済学者がいう”経路依存性”などではなく、その実態は「生産者側の押し付け」に依ってきたのではなかったか、というのが同書の主張です。(膨大な資料を読み込んだ労作ですので興味のある方はぜひお読みください)

ただ、ここは卵が先か、みたいな話になってしまいますが、そもそもQwerty配列が最初に普及したからこそトラストも成立しえたのではないか、というのが私の見方です。

その一方で

Qwerty配列は一部の人達が言うような「タイピングを遅くさせるための非効率で偶然に生き残っただけの配列」ではけしてないと主張するガルブレイス & ケイにも首肯できます。

時代的な制約はあったにしてもQwerty配列は細部に工夫を凝らした合理的な配列ではないか、という考え方に異論はありません。

Qwertyは最高の配列ではないかもしれません。でも、すくなくとも一定水準に達した配列だとは、いえると思います。そしてなにより多くの人にとっては、使う道具が一定水準に達しているのならそれで十分なのだろう、と思います。

では親指シフトとローマ字入力は?

ところで、ここは親指シフトのサイトです。

その親指シフトのサイトで

「Dvorak配列とQwerty配列とではその差は小さい(とする研究が多い)」

と書きました。

それ、ブーメラン。

と思いますよね。

Dvorak配列とQwerty配列で差がないのなら、親指シフトとローマ字入力だって差はないはずだよね、ははは、墓穴、掘っちゃったね。

ローマ字入力でいいんじゃない?

ぜーんぜんQwertyローマ字入力でいいよね。

親指シフト配列とローマ字入力(で使うQwerty配列)とで大きな差はないか、と問われたら私の返答は正直「ンなこたあ、わかりません」です。使い手しだいの、個別の話だと思うので。

さらに親指シフトは現状まともな入力環境をつくり出すこと自体が面倒臭いので、一般論としてはローマ字入力が正解だと思いますよ、といったことをこのサイトでは当初から書いてきました。

書いたように、身についた配列を別の配列に切り替えてきた経験がわたしは2回あります。その実体験からいうと「ぶっちゃけ個別の配列のあいだにそんなにおおきな違いはないかもね」という感じが、なくはないです。なので、そういう意味ではガルブレイス & ケイの主張と一脈通じるところはあるかもしれません。

そのうえで私にかんしていえば、ローマ字入力よりも”配列”がいいので親指シフトにしている、というのは半分YESで、半分NOなんです。

また、よく言われるような「キーストローク数が少ない」から親指シフトにしている、というのも違います。

親指シフトとローマ字入力のあいだにあるのは「どんだけ書く中身に集中できるか」を実現するための仕組みの違いだと思っています。

といったような話を「親指シフトって何」という記事で書いたのでよかったら目を通してみてください。

いずれにしても、「魔法の配列なんてどこにも存在しないよ」ということだけは、確かなようですね。