親指シフト、富士通やめても私はやめぬ理由3選
皆様こんにちは。ずっと親指シフターのミツイです。
皆さんこんにちは。ずっとローマ字入力のタカです。
ところで、いきなり親指シフト、といっても知らない人のほうが多いですよね。
ざっくりいうと親指シフトというのは1980年に発売された富士通のワープロ専用機・OASYSに搭載されたキーボード、配列のことです。諸般の事情により、後年は配列だけを「親指シフト」と呼ぶことも多くなりました。
親指シフトくらいは知ってるよ、という人でもおそらく次のように思っている人が多いんじゃないでしょうか。
ワープロ専用機の時代のキーボードだよね
親指シフトキーボードを販売していた富士通だって、もう何年も前に完全撤退している。親指シフトなんて過去の遺物さ

はい、事実としてはその通りです。親指シフトキーボードが熱狂的なファンを獲得したのは1980年代の話ですし、富士通が親指シフトキーボードを手掛けていたのも、もはや昔の話です。
そのうえで
すくなくともわたし自身には、富士通やめても親指シフトをつづける明確な理由が3つ、あります。
最初にその理由を書いてしまいます。
- パソコン・OSの仕様が親指シフトキーボードに有利になってきた。
- 富士通が撤退して以降ハードウェア(キーボード)の自由度が高まり、親指シフトに向いたキーボードが手に入りやすくなっている。
- 親指シフトという技術そのものが古くなって別の技術に取って代えられたわけではない。
です。
というわけで順番にはじめたいと思います。
目次
大前提として
改めてなんですが、私の立ち位置を説明したいと思います。
まず私の場合
富士通が親指シフトをやめたので
「もう親指シフトできません」
などということはないのです。
富士通が親指シフトをやめたあと、私の手元に残された選択肢はたったふたつだけです。
ひとつは
「親指シフトできます」
です。
そしてもうひとつは
「親指シフト、間違いなくできます」
です。
よかったです。
そうなんですね。
そのうえで、逆の立場で考えてみることにします。
そもそも富士通が親指シフトから完全撤退した理由ですが、
富士通は
「親指シフトキーボードがデファクトスタンダードにならなかったから撤退する」
と、ニュアンス的にはそんな感じの発信をしておりました。
これはそのとおりだと思います。
富士通は親指シフトキーボードをあくまでもデファクトスタンダードにしたかったんですね。親指シフトキーボードがデファクトスタンダードになりうると考え、本気に向き合っていた時代もありました。
ただ、じっさい問題として親指シフトがローマ字入力に取って代わるようなデファクトスタンダードになり得たのかといったら、
それは無理だろうと思います。
なぜでしょうか?
身も蓋もない言い方になってしまいますが、ハードウェア的にもしくは構造的に親指シフトキーボードはコストが高くついてしまうから、です。
まず、1980年代の後半になるのですが、親指シフトの普及をめざして「日本語入力コンソーシアム」という第三者機関が設立されました。そこでひとつの方向性が示されたんです。
ひとことでいえば「脱・親指シフトキーボード」でした。

これからは「ふつうの日本語キーボードで親指シフト」しましょう、というのが大まかな方向性として示され、もちろん富士通もその趣旨に賛同しました。
ところが、その後数年のうちに決定的ともいえる社会現象がおきました。
1990年代におきたパソコンの低価格化競争です。
IBM PC/AT互換機で実用的に日本語が扱えるようになり、キーボードを含めたパソコンの作業環境一式の価格が急激に下がったのでした。
周辺機器も含めてコストを極限まで抑え、低価格で販売するのがその当時における業界全体の動きでした。
その結果生まれたのが「ローマ字入力ならかろうじてセーフ、かもしれないけれど親指シフトは無理ぽ」なふつうの日本語キーボードが大量生産されていったことでした。(具体的には「ふつうの日本語キーボードで親指シフトしてはいけない、たったひとつの理由」という記事のなかに書きましたので興味のある方はお読みください)
いってみればこれは社会構造の変化なので、富士通一社が頑張ってもこの状況をひっくり返すのは難しそうですよね。
富士通は基礎体力のある企業なので2020年まで親指シフトキーボードを継続して販売してくれました(それ自体は感謝です)。ですが、親指シフト(キーボード)がデファクトスタンダードになりえるか、の答えはこの時代にすでに出ていたと思います。

なので会社で使うキーボードでないと駄目ーっ、という方はローマ字入力をつづけましょう。
でも私個人としては、
親指シフトも、そして親指シフトキーボードも、
デファクトスタンダードでなくてもいい
のですよ。
というよりも
「けしてデファクトスタンダードとはいえない親指シフトキーボードに惹かれていた」
のです。
そもそも親指シフトキーボードって、
「日の当たらない場所に生息する隠花植物の魅力」
みたいな要素が全盛期の1980年代の頃でさえもすでにあって(ここの部分は富士通の方針とはけして相容れなかったと思いますが)、
私にとってはそれもまた魅力でした。
なので
ふつうの日本語キーボードで親指シフト
できなくて全然いい、のです。
そのうえで、最初に書いたように富士通やめても私はやめない明確な理由が3つあります。
親指シフトキーボードとIMEの一致が実現
- パソコン・OSの仕様が親指シフトキーボードに有利になってきた。
今回いちばん伝えたいのがこれです。
もう少し丁寧に書くと
OSのIME制御の仕様が親指シフトキーボードに有利になり、キーボードとIMEの入力モードを一致させることが(ほぼ)実現した
なにを言っているかわかりませんけど。
前提を説明しないとなんの話かわからないですよね。

かつて、私も愛着を持っていた富士通の親指シフトキーボード・FMV-KB211は、マイコン方式で親指シフトを実現していました。
キーボード内部に収められたマイコンが親指シフトに相当するキーコードを出力する方式だったのです。

FMV-KB211は、マイフェイバリット・キーボードであり、親指シフトの魅力をあますところなく伝えていたと思います。と同時に、PC向け親指シフトキーボードの矛盾を体現したキーボードでもあったとも、考えているんです。

FMV-KB211の後継、そして富士通最後の親指シフトキーボードでもあった FMV-KB611(613)の場合は厳密に言うとちょっと違います。
ですが、ややこしい話をすっ飛ばして簡単に説明すると、(KB211と同じく)マイコンで親指シフトを実現する方式を選択することができました。

この方式の利点はなんといってもパソコンにキーボードをつなぐだけで親指シフトを実現できることですね。
簡単でいいですね。
すばらしい、
パーフェクト、
と言いたいところでしたが、ひとつ問題がありました。
どんな問題なんでしょう?
俗に言う「モードずれ」というやつです。
ずれ?
(PC用)親指シフトキーボードの天敵・「モードずれ」とは?
簡単に言うと「親指シフトキーボードの気持ちとIMEの気持ちが合わないよ」ということですね。
仮に、の話ですが、親指シフトキーボード側がローマ字入力をシュミレートしていたとしましょう。
で、今「かな」の「き」をタイピングしたとします。(親指シフトで「き」は[K]キーのポジションです)
IMEがオンになっているので、仕組み的には親指シフトキーボード側は[K]、[I]のツーストロークをパソコン側に送り、モニターには「き」という文字が表示されるはずですね。
でも、ここでキーボード側が 「かな」の設定ではなかったらどうなるでしょうか。
キーボード本体の設定が「かな」ではなかったとしたら、本来[K]、[I]のツーストロークを送るところを、[K]のキーだけを送ることになります。キーボードは「かな」ではない、つもりですから。
けっか「き」と打っているはずなのに[K]の文字だけがモニターに表示される、みたいなことになります。
もちろんこの逆パターンもあったりします。
キーボードが親指シフト「かな」のつもりであったとしてもパソコン側でIMEがオフになっていたら、やはり結果は意図したものとは違ってしまいますよね。
以下は、[K]キーを打ったときのパターンです。
| 私 | キーボード | パソコン | 期待する文字 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| IME/ONのつもり | IME/ON | IME/ON | 「き」 | 「き」 |
| IME/ONのつもり | IME/OFF | IME/ON | 「き」 | 「K」 |
| IME/OFFのつもり | IME/OFF | IME/OFF | 「K」 | 「K」 |
| IME/OFFのつもり | IME/ON | IME/OFF | 「K」 | 「K I」 |
こんな感じの現象が「モードずれ」です。
正しく説明すると、富士通の親指シフトキーボードはローマ字入力時のキーではなくJIS「かな」のキーを出力していたので、[K]と打ったつもりが[K][I]になることはありません。
ローマ字入力で説明したほうがわかりやすいと考えたのでそうしたのですが、JIS「かな」のキーを送る場合でも話の要旨としては上で説明したようなことになります。
なぜ「モードずれ」がおきるのでしょうか。
もちろんそれがWindowsの仕様だったからですね。
日本語キーボードの元祖は日本IBMがつくった
もとをたどれば、日本IBMに行き着くかと思います。
時を遡ること1980年代後半、日本IBMは新しい日本語キーボードを発表しました。
それが現在の、いわゆる「ふつうの日本語キーボード」の祖先とも言うべき5576-001、あるいはその後継でもある5576-A01です。

標準的な英語キーボードでは、数字の段のいちばん左端にはグレイヴ・アクセントキー[`]が配置されていることが多いです(もちろんそうでないキーボードもあります)。

日本IBMは、ふつうの日本人はキホン使わないグレイヴ・アクセントキー(のポジションのキー)を新たに[全角/半角]キーとして再定義し、そのキーボードを国内で販売しはじめたわけです。

さらに日本IBMはこのキーボードをもとにしたOADG規格、「OADG 109Aキーボード」などを制定し、それに各社が賛同した結果いわゆる「ふつうの日本語キーボード」のプロトタイプが完成しました。
その次に登場するのがWindowsのマイクロソフト社です。
日本IBMのキーボード(のレイアウト)を想定し、[全角/半角]キーをIMEのオン・オフを制御するトグル変換としたのは、(私が理解しているかぎりでは)マイクロソフト社だったと思います。Windowsの仕様としてマイクロソフト社が導入したのでした。
あらためて説明しますと、トグル変換というのは一度スイッチをいれるとAからBに切り替わり、もう一度スイッチをいれるとBからもとのAに戻る、という仕様ですよね。
日本語で使わないこのグレイヴ・アクセントキー(の位置のキー)をIMEの切り替え、トグルスイッチに使ってしまおう、という開発者サイドの発想は、よくわかります。
痛いほどわかります。
でも日本語の使いやすさを真剣に突きつめた結果、生まれてきた手法だとはちょっと思えないですよね。
※ちなみに当初は[全角/半角]キー単独ではなく、
[Alt]キー + [全角/半角]キー
で日本語のオンとオフを切り替えるという、なかなか鬼なキー設定だったと記憶しています。

いずれにしても
Windowsの仕様がトグル変換でIMEオン・オフを切り替える仕組み(当時)になっている限り、PC用親指シフトキーボードはどうしてもこの「モードずれ」からはまぬがれない、ということになります。
決まったキーを押すことでIMEの状態を決定できない以上、キーボード側からのIME制御には限界があるからです。
なので富士通は、この「モードずれ」を克服するため、IMEの状態を取得しその情報をキーボードに通知するため専用のプログラム(キーボード・ドライバ)を用意する必要がありました。
でも、これではマイコン方式の意味が半減しますよね。
専用のプログラム不要で親指シフトできるはずなのに、じっさいには専用のキーボードドライバやIMEなどを別途購入する必要が出てくる。
矛盾です。
エミュレーター方式の親指シフトキーボード
ということで富士通は2008年頃に方向転換しました。ハードウェア方式(マイコン方式)から、純ソフトウェア方式(エミュレーター方式)に切り替えたのです。
新しいキーボード、そしてFMV-KB613とともに最後の富士通・親指シフトキーボードになったのが、FMV-KB232です。
FMV-KB232は高品質ではあるけれど内部に独自のマイコンなどを持たず、いわば「ふつうの日本語キーボード」の高級版といった位置づけでした。

親指シフト化にかんしてはエミュレーター機能を備えた富士通のIME・Japanistが一手に引き受ける、そんなスタイルでした。
Windows 標準のマイクロソフト・IMEと、フリーの親指シフトエミュレータ(親指シフトを実現するプログラム)などを組み合わせれば低コストで親指シフトすることも可能になったのでした。
ところが皮肉なことに
2回目ですね。
はい、その後皮肉なことに、windowsのセキュリティーが劇的に向上することになります。
いいことだと思いますけど。
いいことなんですよ。マイクロソフト社がセキュリティー関連の会社をつぎつぎと買収してその結果windowsのセキュリティーが大幅に向上した。これはまちがいなく朗報なんです。
かつては必須とされたセキュリティ・ソフトも、現在では不要とまで言われていますからね。
なにより安全に作業できることの恩恵は計り知れないものがあります。
でもその副作用としてエミュレーターの仕組みがセキュリティーの技術とぶつかる現象が出てきたと思うんです。
私の個人的な感覚ではWindows8以降だと思いますが、エミュレーターの動作が確実に不安定になりました。
セキュリティーとエミュレーターって関係があるんですか?
親指シフト・エミュレーターって何をやっているかというと基本的にOSの内側に食い込んでキー入力を横取りすることなんです。
そうなるとセキュリティー技術と衝突することが少なくないようですね。
キー入力関連、IMEなどはおおくのプログラムで共通して使うものなので、現在はマイクロソフト社もアップル社もそういう領域でのセキュリティ対策にチカラをそそいでいるようです。
結果としてなんらかのアプリを使用中に外部プログラム(=親指シフトエミュレーター)がアクセスする、みたいなことがむずかしくなってきているのが実情だと思います。
私自身もwindows7のころまでは自作エミュレーターで親指シフトしていたのですが、現在のwindosw11とか、もうお手上げですね。
もちろん親指シフトエミュレーターの作者さんたちには頑張っていただきたいと思いますし、なんとかこの状況が好転しないかなあ、という思いは常にもっています。
でも使う側の立場に立ってみると、OSのバージョンアップのたびに
「つぎは動作が不安定になるのではないか」
「もしかしたら使えなくなるのではないか」
とびくびくするのは精神安定上あまりよいものではないですよね。
正直、趣味ならいいですが、仕事としてはリスク&リターンが合ってないよねという気もします。
マイクロソフト社のOSをどのような仕組みにするかはマイクロソフト社の自由ですが、コア部分まで公開してしまったらそもそもセキュリティにはならない……、
この点が親指シフトエミュレーターが難しくなった理由であると同時に、富士通が親指シフトから撤退した理由の一端ではなかったかなあと思います。
“不具合”をサポートする人的コストなどを考えると収支が合わない、みたいな事情があったのだろうと考えています。
macの場合は?
ところで、ここまでお読みいただいた方のなかには、こんなふうに思う方もいるかもしれません。
「macをお忘れでは?」
と。
そうなんです。ここ数年macのシェアは拡大しているということなのでお使いの方も多いでしょうが、mac日本語キーボードでの入力モード切り替えはかなり以前からトグル変換ではありませんでした。
[スペース]キーの左側[英数]キーを押せばIMEがOFFになり、[スペース]キーの右側[かな]キーを押すとIMEがONになる、というのがmac日本語キーボードの標準的な仕様です。

IME切り替えのmac風スタイルがいつから導入されたのか、はっきりしたことはわかりません。
一説によると2003年にリリースされた Mac OS X 10.3 (Panther) からだそうですが、いやいや、もっと前からそうだったよ、という意見もあり、このあたりははっきりしません。

それに加えてmacではIMEの管理方法がWindowsとは違っていました(過去形)。
macの場合は、IMEの状態を個別のアプリが管理しているわけではなく、システム全体が保持する方式でした。
たとえばワープロでIMEをオンにしたら、ワープロの次に表計算ソフトを立ち上げても(その表計算ソフトにおいても)引き続きIMEオンの状態が保持されます。(このスタイルそのものが良いか悪いかという話はここではしていません)
もしmacふうのスタイルがWindowsで正式に導入されたら状況は変わるのではないかと考えていたのところ……、
天敵退散
2020年、マイクロソフト社は方針変換をしました。
ついにWindowsでも、変換キーを押すことでIMEをオンに、無変換キーを押してIMEをオフにする機能が標準で利用できるようになりました。
「Windows 10 May 2020 Update」以降ようやく正式にトグル変換から脱却することができたのです。
苦節40年(ワープロ専用機はトグル変換ではないものが多かった)です。
IMEの状態も個別のアプリではなくシステム全体で管理する方式が標準になりました。
PC向け親指シフトキーボード最大の問題点が、理屈上はこれで解決したと考えます。
繰り返しますが、Windowsがトグル変換以外の方式をあらためて標準として採用したのが、2020年です。
皮肉なことに
3回言いましたね。
3回目です。
皮肉なことに、この2020年てまさに富士通が親指シフト撤退を表明した年だったんですよ。なんとなく運命の巡り合わせみたいなものを感じますね。
他人事ですか。
それはともかく
この方式を利用すると、富士通・(PC用)親指シフトキーボードの最大の問題点だった、「モードずれ」が実用レベルではおおむねクリアーできることに気づきますよね。
完全に解決できるわけではないでしょうが、実質的に問題にならないレベルにまで抑えることは可能になるとは思います。
具体的にはIMEをオンにするキーを押したらそのタイミングで親指シフトかなの設定にする。逆にIMEをオフにするキーを押したら今度は親指シフト処理を取りやめて、本来のキーコードを送る。
キーボード側でIMEを制御できるわけです。
このような仕様にすれば「モードずれ」の問題から(原則的には)開放されますし、そういう実装もすでに存在しているようです。
これによって
富士通・PC向けの親指シフトキーボードではけしてできなかったことが実現します。
「パソコンのスイッチを入れてIMEをオンにすれば、そのまんま親指シフト」
です。
特定のIMEやプログラムに依存せずに親指シフトすることが理屈の上では可能になるわけです。
またOSには直接タッチしないので、動作の安定性という意味でも、エミュレーター方式より(理屈の上では)改善されるはずです。
自由なレイアウト
私が親指シフトをつづける理由の、2つ目です。
- 富士通が撤退して以降ハードウェア(キーボード)の自由度が高まり、親指シフトに向いたキーボードが手に入りやすくなっている。
社会全体ではまだ一部のムーブメントといえるかもしれませんが、自作キーボードがかなり浸透しはじめているように思えます。背景にあるのは既製品に対する不満、自由度の低さでしょう。
キーボード全体のデザイン、キーの配置、スイッチの種類など、自分好みのキーボードを実現するのは昔は個人の手が届かない領域だったのですが、ここ数年でおおきく様変わりしてきました。
なかにはOASYSキーボードを彷彿とさせるような機種もあり、そのムーブメントが市販のキーボードにも影響しつつあるように思えます。
自分好みのキーボードがかんたんに入手できる、とまでは言いませんが、入手しやすくなりつつあるのは確かですね。
昔は「親指キーと変換機能は別であったほうがいい」などと言うと
「なにそれ、寝言?」
とか
「もう少し大人になれよ」
みたいな、北極海の氷のように冷めたマウント対応しか返ってこなかったのですが、もうそんな時代ではなくなった、というわけですね。
この際なのではっきり言いましょう。
大人と親指シフトは関係ございません。
何を言っているのでしょうか
新しい入力方式が尊いわけではない
親指シフトをつづける理由の3つ目。
- 親指シフトという技術そのものが古くなって別の技術に取って代えられたわけではない。
です。
でも親指シフトってワープロ専用機のキーボードですよね。
親指シフトキーボードが世に出たのは1980年のことですから、古いのは素直に認めます。
当時と違ってかな漢字変換の精度などは飛躍的に高まってきているし、それに現代はキーボードどころか音声入力だって実用化しはじめている、親指シフトなんて昔の技術だよね云々、
という感じの意見があるでしょう。

もちろん「かな漢字変換」の技術にかんしてはずいぶん使い勝手が良くなり、私自身もその恩恵に浴しています。
さらにローマ字入力に引き寄せて言うと、「かな」のつもりで打ち込んだ文字がアルファベットだったとしても取り消さずにそのまま「かな」に変換したり、その逆に打ち込んだ「かな」を英数文字に変換することも可能であり、このあたりはワープロ専用機の時代にはなかった技術だったように思います。
ただ、ではそれがローマ字入力固有の機能なのかといえば、そんなことはないですよね。
仮にローマ字入力ではなくJIS「かな」配列が現代ニッポンのデファクトスタンダードであったとしたら、JIS「かな」配列においても同様のことを実現するのは(理屈上は)可能なはずです。
何をいいたいのかと言うと、
日本語入力のいちばん根っこというのか、もっというと日本語入力にとどまらず、人間とキーボードの関係にもっとも近い領域においては、時代がかわっても技術的にはそんなに変わっていないということなんです。
たとえば多くのアメリカ人がふつうに使っているキーボードの配列、そして世界中でもっとも広く使われている配列は、1800年代後半に発売されたレミントン社製タイプライター配列とキホンおなじです。
いわゆるQwerty配列というやつで、これは100年以上変わらないものです。

もちろんQwerty以外にも英文入力のための配列はあります。有名なDvorak配列とか、Colemak配列などいろいろ提唱されてはいますが、市民権を得るレベルには至っていないのが実情のようですね。
そして日本国内においても、現在日本語入力の主流でもあるローマ字入力は、親指シフトが古くなって、より新しい技術として開発されたわけではありません。
書いたように親指シフトキーボードを採用した日本語ワードプロセッサ「OASYS 100」が発売されたのは1980年、そしてローマ字入力を採用したキャノンの日本語ワープロ「キヤノワード55」が発売されたのもおなじ1980年です。
日本語入力、Windowsの前と後
ところで、ローマ字入力の「キヤノワード55」、親指シフトの「OASYS 100」が登場した1980年代は「かな」配列の群雄割拠とも言える時代でありました。
たとえば国家が5年の歳月をかけて完成させたJIS86配列(新JIS配列)が制定されたり、産業界と東京大学が一体となって立ち上げたTRONプロジェクト(の一環としてのTRONキーボード&配列)が提唱されたり、さらには日立のような大企業(傘下の研究機関)なども「かな」配列の研究を行っていました。
言葉を変えて言えば、1980年代は「かな」配列に資本を投下してもそれに見合うリターンが得られると、社会及び企業が考えていた時代でもあったと思います。
もちろん富士通もガチで親指シフトキーボードにチカラを注いでいたのは、1980年代です。
日本語入力の標準がまだ定まっておらず、親指シフトにもその可能性があると考えていたからです。
富士通だけがそう考えていたわけではありません。
たとえば上述した「日本語入力コンソーシアム」(1989年に親指シフトの普及と促進を図った第三者機関)が立ち上げられた際には、アップルや日本IBM、ソニーにPFU、そして(現)パナソニックなど、誰もがその名を知るようなそうそうたる企業が名を連ねました。
1989年といえば親指シフトの人気はすでに下降線をたどって久しい、という印象がありましたが(ミツイ調べ)、それでもまだ親指シフトの目はありうると、少なからぬ数の企業が判断していたといえるでしょう。
その時代、ローマ字入力はまだマイナーな入力方式だったんですね。
でも1990年代のWindowsの普及によってほぼ決着がついたのでした。
qwertyローマ字入力が日本語入力の標準、ということになりました。

その後、「かな」配列の研究や促進にまともな企業が資本を投下している、などという話は聞いたことがありません。
ちなみにWindowsが広く普及してからも、富士通だけは例外的に親指シフトキーボードを継続して販売していました。

でもこれは親指シフトの普及を目指していた、というよりは、一時期は日本語入力の標準になりえるかも、とまで言われた親指シフトを開発した企業として、社会的な責任を果たしていこうという意味合いが強かったのだろうなあ、というのが私の意見です。
このさき親指シフトが日本語入力の標準にはなることはないでしょう。
仕事で日本語入力するのであれば、おおくの人にとってローマ字入力こそが最適解、という状況に今後も変化はないと思います。
そのうえで
1980年代に熱く支持された親指シフトの使い心地の良さがまったく消えてしまったわけではありません。
親指シフトが忘れ去られた理由は
- 製造コストをさげられない問題
- 政治・経済的な要因
のふたつが大きく
その結果として実用的に親指シフトできる環境をつくることがむずかしくなってしまったからだと、考えています。
でも
歴史的経緯がいろいろあって、本来の親指シフトの姿とは違うカタチになってしまったのは確かですが、その価値自体がなくなったわけではないと思います。
富士通の方針とはかかわりなく、です。
音声入力は?
音声入力なんかも実用化されてきていますよね。
もちろん音声入力などの技術もどんどん向上してきていますよね。
なので
「音声入力と生成AIがあればもうローマ字入力なんて必要ないよね」みたいな考え方が社会全体に浸透したなら、そのときは親指シフトも本当の意味で終了、でしょう。
でもまだそうはなっていないみたいですね。
「IT先進国」などと言われている(らしい)アメリカ・フィンランド・スウェーデンなどでも
「音声入力と生成AIがあるからもうキーボードのタイピングなんて必要ないね、ぜんぜんクールじゃないよ(欧米か?)」
みたいな意見が主流を占めているという話は、寡聞にして聞いたことはないです。
国内においても、「音声入力があるから自分、タイピングしないっす」みたいな人はまだ少ないように思います。
ようするにローマ字入力が健在であるあいだは親指シフトもまた同様かなあ、と考えています。
まとめ
「たち依らば大樹の陰、たとえば富士通、親指シフトキーボード」
半世紀近くの長きにわたって親指シフトキーボードを手掛けてきた富士通が完全撤退して、数年の歳月が流れました。親指シフトに関して保証してくれる企業はもはやこの地球上に存在しない、というわけです。
なので、保証を求めるのであれば親指シフトという入力方式は選択肢から外れると思います。というか、外しましょう。
でも、富士通やめてもわたし自身はやめない明確な理由が3つ、あります。
パソコン・OSの仕様が親指シフトキーボードに有利になってきた。
かつて、WindowsのIME・on/off切り替えは(標準では)トグル変換しか選択肢がありませんでした。そのため親指シフトキーボードの入力モードとIMEが一致しないという現象が発生することがあったのです。
しかし現在ではWindowsにしてもmacにしても個別のキーで入力モードを決定することが(標準で)可能です。
キーボード側でこの仕様を利用するならば、「モードずれ」を実用レベルで回避できます。
昔の親指シフトキーボードでは不可能だった
「パソコンのスイッチを入れてIMEをオンにすれば、そのまんま親指シフト」
が実現します。
富士通が撤退して以降ハードウェア(キーボード)の自由度が高まり、親指シフトに向いたキーボードが手に入りやすくなっている。
親指キーの(物理的な)ポジションを自分好みの配置にする、などということは昔だったら夢のそのまた夢のような話でした。富士通のような大きくてちゃんとした企業に頼らないとどうにもならない、という時代が長くつづいたのです。
でも現在では個人レベルでも好みのレイアウトのキーボードを作ってしまう人たちが出てきていますね。私のようにスキルのない人間ならスキルのある方が作ったキーボードを使う、という選択肢も出てくるわけです。
親指シフトという技術そのものが古くなって別の技術に取って代えられたわけではない。
現在、実質的な世界標準とされる配列は1800年代後半に生まれたqwerty配列です。
技術が進歩しても人間とキーボードの関係にいちばん近い領域においてはそれほどおおきな変化はないように思います。
歴史的経緯を言えば親指シフトが古くなってそのかわりに最新の技術としてローマ字入力が開発された、わけではないのですね。
親指シフトのいちばんの課題は環境です。
逆にいうと、その環境さえととのえば、1980年代に多くのファンを生み出した親指シフトの魅力はぜんぜん失われていないと考えています。
以上が「富士通やめても私はやめぬ理由3選」でした。
最後になりましたが、太宰治はこう書いています。
「たち依らば大樹の陰、たとえば鴎外、森林太郎」
とくに意味はありません。



