空飛ぶ親指シフト
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それでもローマ字入力しないシンプルな理由

なぜ親指シフト?

皆さまこんにちは、親指シフターの三井です。

タカさん

皆さまこんにちは。親指シフトしたことないタカです。

今回のテーマはあらためて、なぜローマ字入力ではなく親指シフトなのか、です。

最初に答えを言ってしまうと、それは

親指シフトならふつうに「かな」打ちできる、

からですね。

タカさん

あたりまえな気が……。

よかったです。

以上。

黄色ライン

で、終わりにしてしまうと

ちょっと、よくわからないですよね。

タカさん

わかりません。

ふつうに「かな」打ちできる、って何をもってして”ふつう”なのか、と思いますよね。

ローマ字入力はいかにして鉄板になったか」でも書きましたが、私は基本的にローマ字入力を肯定的にとらえています。自分自身もローマ字入力していて特に不都合を感じたことはないんです。キーボードを見ないでも打てるし、タイピングしていて遅い、などと感じることもありません。

ようするにローマ字入力で十分仕事になるよな、と考えています。

なのに、なぜわざわざ環境構築に労力を注いでまで親指シフトにこだわるのか?

タカさん

変わった人だからでしょうか?

違います。

まったくと言っていいほど違うと思います。

たしかに富士通が親指シフトから完全撤退して数年の月日が経ち、ほとんどの人が親指シフトのことは知らないか、知っていたとしても「あれはもう過去のもの」という認識の人が少なくないかと思います。

その一方で富士通が撤退してもあいかわらず熱心な親指シフトの使い手は健在です。

なので、世の親指シフターが異口同音に口にする「親指シフトの快適さ」、理屈では説明できないと言われる親指シフトの良さを、理屈で説明してしまおうというのが今回のテーマです。

この記事を読むことによって、親指シフトとローマ字入力とのほんとうの違いがわかるかと思います。「親指シフト、意外とあなどれないよね」ときっと思えますよ。

ということで

  • 「かな」打ちとはなんなのか
  • ローマ字入力となにが違うのか
  • 親指シフトのどこがいいのか

ということを書いていきたいと思います。

ふつうの親指シフトキーボード

むかしむかし、具体的には1970年代の後半のことになりますが

親指シフトキーボード開発陣のリーダーのリーダー、神田泰典さんは

「ローマ字入力は特殊なので、ふつうの日本人が考えながら”書ける”ふつうのキーボードを作りたい」

ということで親指シフトキーボードを開発したのだ、と述懐しておられます。(参考、bit1982-12「共立出版」等)

日本語ワードプロセッサOASYSとともに製品化された親指シフトキーボードは大きなシェアを獲得していた時期もありました。でも現在はほぼ忘れ去られ、日本語入力の標準はローマ字入力になっています。

なのでいま、ローマ字入力が特殊だとは多くの方が考えていないですよね。

むしろ、現状エミュレーターなどなにやらをかませなければいけない親指シフトの方が、特殊だというべきです。

親指シフトは環境構築がなかなか大変なことが多いので、その点においてローマ字入力とおおきな差があるのはたしかです。

でもいったん親指シフトできる環境が整ってしまえば状況は変わります。

少なくとも私にとっては、親指シフトがふつうなんです。

↓ふつうの親指シフトキーボード

ふつうって、どこが?

漠然というと、たんに性分に合っているから、

とか

キーを打つ動きと「かな」がまっすぐつながっている感覚が好きだから、とかいう言い方になります。

ようするに

ローマ字入力(逐次打鍵方式)と親指シフト(親指同時打鍵方式)を横一列においたとき、日本語を書く道具としては親指シフトのほうが単純だ、と思えるのです。とにかくキーを押せば「かな」になる、ちゃんと「かな」打ちしているって思える、その単純さこそが、親指シフトのいいところだと感じています。

こういう感覚

昔からの親指シフターさんなら、「ああ、あんたの言いたいことは大体わかるよ」と言ってくださるかもしれません。

でもこれはあくまでも「感覚」の話なので、日常的にローマ字入力している方にはちょっと伝わりにくいかなあ、とも思います。

ちゃんと「かな」打ちしている感覚が味わえる、と書きましたが、

では、そもそも「かな」打ちってなに?

ふつうの「かな」配列と親指シフト「かな」配列は違うの?

みたいな疑問がでてくると思います。

ということであらためて「かな」配列について考えてみたいと思います。

「かな」配列って何?

「かな」配列と言えば、多くの人が思い浮かべるのがふつうの日本語キーボードに刻印されているおなじみの配列ですね。

く、ま、の、り、れ。

遠い昔のこと、わたしもいちばん最初はこの「かな」配列、現行JIS「かな」配列で「かな」入力をはじめました。

もともとこの「かな」配列には原型があります。

ときは大正時代、カナモジカイの山下芳太郎さんがアンダーウッド・タイプライター社にカナタイプライターの制作を依頼し、そこの技術者だったバーナム・スティックニーさんが配列を考案して特許を出願したものです。

スティックニーさんが考案した配列がこれです。

スティックニーさんが考案した配列図

さて、スティックニーさんが考案した配列を元にして1959年に通産省・工業技術院がカナタイプライターのJIS配列を制定しました。これが、のちに批判を受けることになります。

  • 曰く、元の配列と比べて右手小指を使うキーが大幅に増えている。
  • 曰く、五十音のうちア行カ行などがまとまっていて覚えやすかったはずのレイアウトが崩されてしまった。

これは改悪だわぁ

というわけです。

ちなみにカナタイプライター配列のJIS規格制定は通産省サイドが問答無用で変更してしまったのではなく、すでに使われていた配列をJISとして承認したというかたちをとっていたようです。

だからといって、改悪であるという批判をかわせるものではありません。

↓あいうえお順にまとまっているスティックニーさんの配列

スティックニーさんの配列,特徴

元の配列では五十音のうち「カ」行「サ」行などがまとまっていたので覚えやすかったはずですが、JIS配列ではそれが分散してしまい、まとまりが崩されてしまいました。

↓小指を使うキーが増え、しかも「あいうえお順」が崩されたJIS配列

JIS B 9509のレイアウト図
JIS B 9509のレイアウト
タカさん

たしかに元の配列と比べて右手小指を使うキーが増えていますね。

だからJISかな配列はスティックニーさんの配列を改悪したものだ。ということが昔から言われてきたんです。

基本的には私にも異論はないです。

とくに「あいうえお」順にまとまった覚えやすさは、スティックニーさんの配列において長所あるいは設計思想だと思うので、それが崩されてしまった以上は「改悪」と言われても仕方がないよね、と思います。

その一方でこんなふうにも思います。

シフトってどうよ?

シフトってけっこう面倒くさい?

たとえば英文、英単語を打ち込む場合、[A]キーを単独で押せば a になり、シフトキーを押し続けながら[A]キーを押せば今度は大文字の A になリますよね。当たり前の話ではあるんですけど、シフト側の文字を出すときってシフトなしのときとは違う操作が必要になります。

これって地味に面倒くさくないですか?

タカさん

そうなんですか?

たとえばCapsLockキーってキーボードにありますよね。

CapsLockキー

みんな大好きCapsLockキー

国内では[いらない子ナンバー・ワンキー]の座を競うとまで言われるCapsLockキーですが【要出典】、それに対してアメリカ人はCapsLockキーを多用するって言われています。大文字を打ち込むのにいちいちShiftキーなんか使ってられないぜ、というわけですね。

ご存じの方も多いと思いますが蛇足までに付け加えると、日本語キーボードと違って英語キーボード(及び英語キーボードドライバー)ではCapsLockキーを単独で押すだけで大文字小文字を切り替えることができます。

なので、とにかくよく使われるそうです。多用されることを前提として、[A]キーの左隣という打ちやすいポジションにあるわけですね。

それ以外にもワープロソフトやエディターなどでは、大文字、小文字、あるいは先頭のみ大文字などに後から変換する機能も充実していますよね。

CapsLockキーがよく使われ、後から大文字、小文字を変換する機能も充実しているということは、裏を返せばシフトキー押すのはキホン面倒くさいという感覚があるからなんじゃないか、と思うんです。

話を戻しますと、スティックニーさんの配列図を見ればわかるようにシフト側に割りあてられた「かな」はけして少なくないですね。スティックニーさんの配列だと、まとまった文を打ち込むとき結構シフトキー使うことになるわけです。

↓スティックニーさんの考案した配列

スティックニーさんが考案した配列図
「せ」「そ」、小書き文字の「っ」「ょ」など、シフト側の「かな」も少なくない。

英文を入力するときとくらべて、シフトキーの使用頻度が高くなることが予想できます。

繰り返しになりますが、シフトキーを押しながら打鍵するのって、単独打鍵するときと違ってそれなりに負荷が大きくなります。かといってシフトキーを使わなければよりたくさんのキーが必要になってしまいます。

新しい日本語入力を探せ

このジレンマを解決する方法はないものか、もっと別の方法、シフトキーを使わない新しいやり方はないだろうか、とそのむかし技術者たちは考えたわけです。

具体例には1970年代後半あたりからICやなんかの集積化技術が進んで、それ以前の機械式のタイプライターとは異なる新たな手法が実用化されました。

で、新しい技術の主役のひとつが逐次打鍵方式のひとつ、プリフィクス·シフトです。

現在日本語入力の主流であるローマ字入力も広義のプリフィクス·シフトと言えますし、時代は少し後になりますがこのサイトでもしばしば取り上げているJIS86キーボードもまた、プリフィクス·シフトを採用していました。

jis86キーボード
JIS86(新JIS)キーボードの一例

JIS86キーボードの考案者とされるのが工業技術院(制定当時)の渡辺定久さんという方です。渡辺定久さんご自身、シフトキーを押しながら文字キーを打鍵していく古典的な入力方式に対して否定的な意見を持っていました。

○従来の方法ではシフトありとシフトなしの場合で操作性が異なってしまう。これは不自然である。

○それに対してプリフィクス・シフトならばシフトキーも文字キーもおなじ手の動きでタイピングできる。

○つまりシフト側の「かな」であってもアンシフト側の「かな」とおなじ手の動きで文字入力が可能になる。

それこそがJIS86キーボードが新方式、プリフィクス・シフトを採用した理由である、といった趣旨のことを書いておられます。

(参考・『仮名漢字変換形日本文入力装置用けん盤配列について』渡辺定久「教育と情報」(第一法規出版)より)

たしかにその通りだと思います。

古典的なタイプライター方式では「Shift」という意識を持つこと自体が負担になってしまいます。でもプリフィクス・シフトならばその意識を捨てて、ふつうに文字キーを打つ感覚でシフト側の「かな」も入力することができます。

広義のプリフィクス・シフトともいえるローマ字入力でいえば、たとえば「か」と打ち込むとき、[K]キーを離さないうちに[A]キーを押さなければいけないなんて思い詰めている人は、見たことがありませんよね。[K]キーも[A]キーも手の動きは同じ、「Shift」なんていう意識を持つ必要はまったくありません。というか、そもそも(プリフィクス)シフトだなんて思ってもいないのがふつうでしょう。

ただ、今ではなんでもないことのようですが、これを機械式のタイプライターで実現しようと思ったらなかなかに大変な話になったかと思います。

そういう意味では機械式タイプライターの壁を越えたひとつの成果が、qwertyローマ字入力を代表とするプリフィクス・シフトなのだといえると思います。

黄色ライン

さてローマ字入力などが開発されたのとほぼ同時代、ローマ字入力とは違うアプローチで「50音の壁」を乗り越えようと考えた人たちもいました。富士通・神田泰典さんをリーダーとするプロジェクトチームでした。

キーワードは同時打鍵でした。

OASYSレイアウト

開発陣は実験器具を試作したうえで、あらゆる指の組み合わせで同時打鍵を試してみたそうです。その結果「同じ側の親指と他の指の組み合わせなら自然」(神田泰典)という結論に達したのでした。(参考 コンピュータ : 知的「道具」考 <NHKブックス 478>等)

開発に成功し商品化されたものが日本語ワードプロセッサOASYSと、新しいキーボード・親指シフトキーボードです。

親指シフトだって同時打鍵のように打てる

むかしむかし、あるローマ字入力の方が、こんな発信をしていました。

「親指シフトの良さは同時打鍵だってあんたたちは言うけれど、ローマ字入力していたって前のキーが離されないうちに次のキーが押される、なんてことはふつうにあるんだよ。そんなの別に親指シフトだけの特権じゃないよ。同時打鍵という意味においては結局親指シフトもローマ字も変わらないね」

それに対する私の答えは

それはそうなんです。そのうえで

「親指シフトだって同時打鍵のように打てます」

です。

親指シフトに関していうと、前に押した文字キーが離されないうちにふたつとか、3つのキーが押されることはふつうにあります。というよりも、そういうこと、――つまりいちどに3キー4キー同時に押されることを前提とした入力方式が、親指シフトなんだとも言えます。(その代償として、親指シフトは一定レベル以上のハードウェアを要求するという側面もあります)

それはともかく

「ローマ字入力だって結局は同時打鍵状態になるのだから親指シフトと変わらない」という主張、じつをいうとけっこう昔から目にしてきました。

ローマ字入力とは違うのですが、代替ローマ字入力ともいえる中指シフト方式「花」(「月」じゃないです)という配列がありまして、大むかし(1980年代)に月刊誌に紹介されていたのを読んだことがあります。そのなかで配列を提唱する冨樫 雅文さんも、趣旨としてはそんなことを書いておられたなあ、という記憶があります。

ローマ字入力のような(あるいは中指シフト方式のような)プリフィクス・シフト方式だって、結局は同時打鍵状態になるのだから親指シフトと変わらない。

表現は異なりますが、趣旨としてはそういう主張だったと記憶しています。

主張としてはよくわかります。もしキーを打つのが正確無比なタイピングマシーンとかだったら限りなく正解に近くはなると思います。

でもキーを打つのは生身の人間ですよね。

そして人間が打つ以上、決定的な違いが一点だけあるんです。

順番です。

これもずいぶんと昔のことになるのですが、テレビで「ローマ字入力の達人」として紹介された方が「タイピングの極意」を尋ねられて、このように答えていました。

「タイピングのコツはキーを打つときの順番を意識することです」

あたりまえだ、という声が聞こえてきそうです。たしかにあたりまえと言えばあたりまえなんですが、同時にこの発言、ローマ字入力の本質を突いたものだとも思うんです。

ローマ字入力の極意は順番である(達人・談)。

どこまで近づけられるか?

たとえば「かな」の「る」(の入力)を考えます。

親指シフト(NICOLA)で「る」は、[I]キーと右親指キーを同時打鍵します。

※ 「る」を選んだことに深い理由はありません。ローマ字入力と親指シフトを比較によいかなと思いついただけです。

さて、ローマ字入力で[R][U]とつづけて打ったときの時間差と、親指シフトで[I]キーと右親指キーを同時打鍵したときの時間差が変わらない、ほとんど一緒だったということは、現実にはもちろんあります。

タカさん

じゃあやっぱりローマ字入力も親指シフトも変わらないんじゃないんですか?

それがそうは言えないんです。

ローマ字入力で2キーつづけて打ったときの時間差と、親指シフトで同時打鍵したときの時間差が変わらなかったとしたら、それはどちらかがミスタイプ、控えめに言ってミスタイプ気味になった場合に限られるからです。

なぜか?

そうです。さっきの「ローマ字入力の極意」の話があるからです。

黄色ライン

ローマ字入力を覚えたての頃は、[R]キー、[U]キーとゆっくり打ちますよね。だんだん慣れてくるとキーを打つ感覚が短くなって、例えば0.5秒以内でも楽勝、人によっては0.1秒以内でも打てますよ、みたいな感覚になるかもしれません。

でもその段階になると、[R]キーを先に打たねばならないという壁がおおきく立ちはだかってくることになるわけです。

タカさん

ちょっと、大げさすぎません?

確かにちょっと大げさかもしれませんね。

ローマ字入力で「る」を入力するとき、[R]キーを先に打たねばならないって、そんなの当たり前だよ、って思いますよね。ことさらに壁を意識することもないかと思います。

ただ、主観的な話はわきにおいて理屈だけでいうと、ローマ字入力は、というか、プリフィクス・シフトは、仕組み的に誤差が許されないんですよ。

だからタイピングが上達してスピードが上がれば上がるほど、[R]キーを先に打たねばならない制約も大きくなってしまいます。なぜなら、人間はタイピングマシーンではないから。

[R]キーを打ってから1秒以内に[U]キーを打つのは制約でもなんでもないですね。でも誤差が許されないので、タイピングが上達してふたつのキーをつづけて押したときの時間の幅が短くなると、それに連れてキーを押す順番を守るのも厳しくなってきます。

一般的には1秒の十分の一、0.1秒以内にふたつのキーを打ち分けるのは困難であると、むかし読んだ本にそんなことが書かれていましたが、これに関しては実証実験があるので後述します。

結論。

ここで言いたいのは、極めて短い時間内にふたつのキーを打つ分けることが困難だ、ということではありません。

そうではなく、習熟と制約の大きさが、比例してしまうことが問題なんだと考えています。ローマ字入力が上達することによって壁を乗り越えることができるのならいのですが、上達すればするほど順番を守らなければならない制約の度合いも(原則的には)それに比例して高まってしまう、その矛盾が問題なのだと思います。

これは要するにローマ字入力が、という狭い話ではなくて、プリフィクス・シフトあるいは広い意味で逐次打鍵という入力方式全般の問題なのだと考えています。

時間差はどのくらい?

では具体的に

ふたつのキーを順番に打ったとき、どのくらいの時間差になるのでしょうか。

これにかんしては実験があって、中級者( = おおむねキーボードを見ないで打てるレベル)ではふたつのキーを押した時の平均時間差は0.3秒ほど、速いときは0.1秒ほどだそうです。(参考・「タイピング動作特性の解析」情報処理学会研究報告 Vol.2014-CE-125 No.9 より)

ちなみに大分以前にエミュレーター制作の参考になればと考えて、若さと暇を持て余していたころに行った個人的な親指シフトの実験があります。

その結果を書くと

私が同手シフトしたときの親指キーと文字キーの平均時間差は0.01秒以内、

逆サイドシフトで同時打鍵したときの時間差となると、さすがにブレは生じるのですが、それでも平均0.02秒以内

という感じでした。

ちなみにNICOLA規格における同時打鍵と逐次打鍵を峻別する判定時間の下限値が0.05秒なので、私の実験結果がとくべつ変な値ではないと思います。

タカさん

疑うわけじゃないけれど、それは客観的なデータとは言えないような気がしますけど。

そうですね(追試は難しくないので、どなたが行ってもだいたい同じような数字が出てくるとは思いますけど)。ここは眉唾の数値だと、受け取ってもらってぜんぜんかまわないんです。じつのところ数値の絶対値はどうでもいい話なので。

なぜかというと、親指シフトって文字キーや親指キーを押したときの時間差とか、さらに別の文字キー押したときの時間差とかの相対時間、相関関係の中で入力文字を決定する仕組みなんです。だから絶対時間はじつは関係ないんですよ。

「んじゃ何で判定時間があるんだぁー」

とかいう話をし始めると「試験に出る親指シフト」になってしまう恐れがあるので、ここでは触れません。(いずれ機会がありましたら)

誤差が許される親指シフト

さて、話を戻します。上述の実験によると、ふたつのキーを順番に打ったときの時間差は中級者レベルだと速くて0.1秒という結果でした。

速くて0.1秒だということは、言い方を変えると0.1秒以内に順番を守って2キーを打つのは(中級者レベルでは)、制約がキツイということになりますね。

誤解のないように付け加えると、私自身がふだんローマ字入力していたときに、キーを打つ順番がおおきな制約になる、負担になる、などと感じたことはありません。冒頭にも書いたように(覚えはじめをべつにすれば)ローマ字入力をしていた期間とくに不満を感じたことはなかったです。

そのうえで、

自分のホームグラウンド、親指シフトに戻った瞬間

「やっぱ、違うんだよな」

があるんですよ。

「お、楽じゃん」という感じ。

キーを押す動きとひとつの「かな」が呼応している。シフトしているにもかかわらず、シフトキー押してる感を意識することもなく、ちゃんと「かな」打ちできてるなって思える。

それはとりもなおさず、順番が入力文字を決定するプリフィクス・シフトと、順番を気にしなくていい親指シフトとの違いになるのだと思います。

理屈上わずかな誤差も許容しないプリフィクス・シフトにくらべて、親指シフトというのは誤差を救いとってくれるんです。

↓親指シフトキー、あとから押しても許してくれるの図

同時押ししたときのふたつのパターン

古典的なShift方式(例えば現行JIS「かな」配列)では、同時打鍵の”つもり”で打ってもShiftキーが後押しされたら無効になってしまいます。シフト側の文字をちゃんと打ち込むことができません。

でも親指シフトでは

同時打鍵(シフト)の”つもり”が”つもり”ではなくなります。

そこにあるのは

  1. 「同じ側の親指と他の指の組み合わせならば自然」(神田泰典)という発見
  2. シフトするとき、順番の制約から使い手を解放したこと

このふたつが両輪だと思います。

いわゆる「親指シフトの快適さ」、JIS「かな」でもない、ローマ字入力でもない、親指シフトで機嫌がいい、これが理由です。

もちろんよいことばかりではありません。

ふつうの日本語キーボードで親指シフトできない、たったひとつの理由」で書いたように快適さの代償としてハードウェア面で制約があったり、ソフトウェアにかんしても昔と比べてエミュレータがあまり信用できなかったりと(※)、初心者にとってはなかなか順風満帆にはいかないのが現実です。

※エミュレータがあまり信用できなかったり、という意味は、個別のプログラムがどうのこうのという話ではなく、近年OSのセキュリティ対策が厳しくなってきているため、OSの内部にまで立ち入るエミュレータ・プログラムという形態自体が、安定性を確保するのがむずかしくなってきていると思えるからです。

ただし解決策はあるので、それにかんしてはまた別ページで。

そういう壁を乗り越えてまで親指シフトする価値があるかは

人による

としか言いようがありませんが、

私自身はかけた労力以上の有り余る価値を得られています。

それほど親指シフトが自分の性分に合っているんですね。

「かな」打ちできるって思えること。それがいいんですよ。