なぜ親指シフトが支持されたのか
NICOLAってご存じですか?
親指シフトのことなら聞いたことがあるけどNICOLAは……、という人はいるかもしれませんね。
親指シフトなら知っているけどNICOLAと親指シフトとはどこが違うのか、みたいな話になるとよくわからないよ、という人もけっこう多いのではないでしょうか。
NICOLAとは、ざっくり言ってしまうと親指シフト配列を規格にしたものです。
ですが、その前に
そもそもですが、「親指シフトを聞いたことがあるよ」という人達は、親指シフトにどのようなイメージを持っているでしょうか。
「高速入力するための特殊な(もしくはマニアックな)入力方法。でも習得するのはむずかしい」
親指シフトに対してこんな印象を抱いている人がいるかもしれません。
わたしもそんな印象を持っています。
でも開発者が残した資料などに目を通してみると、じつは高速入力するキーボードを目指して開発されたのではなかったのですね。
ではなにを求めていたのですか。
「ふつうの日本人が楽に使えること」
でした。
これが親指シフトが生まれた理由であると同時に、かつて親指シフトが多くの人に支持された本当の理由でもあったと思います。
今回はこの親指シフト配列(ほぼほぼイコールNICOLA)を、親指シフト博物館らしく(?)、開発者が残した資料などをもとに、あらためて真正面から取り上げていきたいと思います。
目次
NICOLAってなに?
ではあらためて、親指シフトとNICOLAの関係について説明したいと思います。
まず親指シフトというのは1980年に発売された日本語ワードプロセッサーOASYSとともに登場したキーボードです。
ただこの親指シフトキーボード、もともとがOASYSのためのキーボードであり、富士通の占有物というイメージが強かった(そして富士通が特許権を所有していた)ため、根強いファンがいる一方でなかなか普及が進みませんでした。
そこで1989年富士通が親指シフトキーボードの一部権利を譲渡し、あらためて配列を規格化して、特定企業の枠を超えて普及させようということで設立された第三者機関が、日本語入力コンソーシアムです。
半濁音キーの配置など独自のレイアウトもさだめ、日本語入力コンソーシアム・レイアウト、頭文字をとってNICOLAというあらたな基準、規格を定めました。

とはいっても規格としてのNICOLAは緩やかなものであり、OASYS本来のレイアウトや方式、それ以前の親指シフトを否定しているわけではありません。
それなら親指シフトとNICOLAはなにが違うのか、やっぱりよくわからないですね。
強いて言えばそのちがいは性格、というか、どこにフォーカスを当てているのかという捉え方の違いになるように思います。
OASYSの親指シフトは入力方式であり、キーボードであり、配列であり、つまりはそれらをひっくるめたいわば枠組みとしての親指シフト、とも言えたのですが、それに対してNICOLAは名前の通り日本語入力コンソーシアム・レイアウト、配列なんです。キーボードを切り離して配列面だけを浮き上がらせることにより、より多くの企業に参画を促そうという考え方がその根底にあったようです。
ということでここから先は親指シフト配列 ≒ NICOLAであるという前提で話を進めていきます。
高速入力できる親指シフト配列
親指シフト配列というと、とにかく入力効率が高いのだと、一般にはそういう受けとめ方をされている印象があります。
事実として、親指シフト配列は入力効率の良さを考えてつくられています。
具体的には
ホームポジションでの文字入力率が高い
下段(ふつうのキーボードでいうとシフトキーのある段)での使用率が低い。
小指の負担が少ない。

親指シフト配列の入力効率の高さにかんしては、1980年代に行われた実験データ、その界隈では比較的有名なものがふたつほどあるので紹介したいと思います。
まず「標準時間法による入力方式別スピード比較実験」という論文です。
「標準時間法による入力方式別スピード比較実験」
大島章嘉 他 財団法人日本能率協会
情報処理学会 日本語文書処理専門委員会 87.3.4
この論文は従来より工場などの作業効率の評価に用いられてきた手法でキーボードを評価したものだそうです。
具体的には、(現行)JIS配列、新JIS配列、ローマ字入力、親指シフトの4つの入力方式において、1打鍵あたりの標準時間を設定して、ホームポジションでの入力率とかシフトの有り無しなど、様々な係数を加味したうえで、入力の良否を評価しよう、ということのようでした。
なお、ここで”新JIS配列”というのは1986年に通産省・工業技術院が制定したJIS規格の「かな」配列・キーボードのことです。1999年に使用実績がないとして規格としては廃止になったので、ご存じない方も多いかと思います。
それはともかく、終了した規格にたいして”新”をつけるのはふつうに考えておかしいとの考え方から、当サイトでは原則的にはJIS86配列と表記しています。
話を戻すことにして、具体的な実験の中身は以下のとおりです。
天声人語1日分(10日分の平均)を手書きより若干早い速度で打つものとして
各入力方式の所要時間を推定しました。その結果がこれです。

ところで、ローマ字ってなんですか。
ローマ字入力のことですけど。
いやいや、ローマ字入力がこんなに遅いなんてありえないですね。
親指シフトのサイトでこんなことを書くのもどうかと思いますけど、あまり真に受けなくてもいいですよ。
そうなんですか。
分け入って行くと深い森のなかでさ迷いそうになるので入口で踏みとどまりますが、データの取り入れ方、取り入れたサンプルデータをどういう切り口で、あるいはどんな組み合わせで評価するか、それによって結果はかなり変わってくると思います。
なので、あんまり真に受けなくてもいいんじゃネ、と思いますね。
でも一応こんなデータがあったんですよ、という意図で出しました。
それから次のようなデータもあります。
「ワープロらくらく速習法」大島章嘉・銘子著(日本能率協会)
という著書のなかに親指シフトと他の配列を比較した実験が掲載されています。
JIS「かな」配列とローマ字入力、そして親指シフトを4週間続けてどんな結果が現れたかという実験です。
具体的にはワープロ未経験者の20~30才の女性を10名選んで、さらに個人差をなくするため全員が2つの入力方式をおのおの4週間、一日2時間ずつ行ったとあります。
その結果がこれです。

意外な結果ですね。親指シフトがいちばん時間がかかっていたんですね。
いえ、どれだけ文字数を稼いだかのテストなので、ローマ字入力の成績が一番悪いという結果ですね。
そろそろ帰らさせていただこうかと。
公平を期すため付け加えると、これ、OASYSの教則本の態を取っているんですよ。ようするに「富士通の息のかかった本」ですね。なのである程度は割り引いて考えてもいいと思います。
そうでしょう、そうでしょう
付け加えたいことがもう一点、合計時間が40時間ではさすがに少なすぎますね。まだ初心者レベルでの評価ですから、もうちょっと時間をかけてほしいなあ、という感じですね。

じゃあ上のようなデータをだしてきてなにが言いたいのかというと、とにかくこんなふうなデータがあって、親指シフトは高速入力なんだ入力効率が高いんだと、そういう側面だけが強調されていったように思うんです。
親指シフト配列が入力効率を考慮しているのは事実です。
ただ、入力効率の高さというのはあくまでも手段のひとつであって、けしてそれが目標ではありませんでした。
親指シフト配列の考え方がわかる画像
じつをいうとこれは、私自身が最近になって知ったのですが、親指シフトキーボードのプロトタイプといえる画像があります。
キーボード配列エミュレーションソフトウェア「紅皿」の作者さんが、ご自身で調査した親指シフト関連の特許資料を、紅皿のサポートブログにて公開しているんですね。
そのなかの、特公昭62-44285号「日本字入力装置用鍵盤」という特許出願書に画像があるんです。
見てもらったほうが早いですよね。

たとえば右手ホームポジションの段、「あ、い、う、お、え」になっています。
50音配列のキーボードですよね。
なんです。
あくまでも実験キーボードですけどね。当初は下図のように50音の配列にしていたようです。
ただこれだと同じ指の連打が多いということで配列を一新したのが、いわゆる「はときいん」の親指シフト配列です。1978年のことでした。(参考・「コンピューター知的道具考」・NHKブックスより)
ところで、なんですが、現在の親指シフト配列と上にあげた50音配列、共通する点があるのに気づきますか?
アルファベットとおなじ3段に「かな」が配置されているということではないですか。
それもあります。でも、もうひとつ重要な共通点があるんです。
濁音になりうる静音、たとえば「は」はシフトなしで打ち、それから濁音の「ば」は同じキーをシフトありで打ち、さらに半濁音の「ぱ」も同一のキーで打てるということですね。清音、濁音、半濁音がおなじキーで打て、なおかつおなじルールで打てるんです。
そんなふうなことって、「かな」配列だったらふつうじゃないんですか?
でもないんですよ。
最初にもちょっと触れたJIS86配列はかつて国が制定した配列なんですが、濁音になり得る清音のなかでも使用頻度の低い「かな」はシフト側に配置してしまっているんです。なので、たとえば同じ「は行」でも使用頻度によって打ち方や打鍵数がバラバラになってしまっています。
ふつうの人にとってはちょっととっつきにくいかも、ですよね。
ただ、JIS86配列そのものは普及しなかったのですが、何と言っても国家によって「正しい」と太鼓判を押された配列ですから、その理念は残ったんだと思います。
事実、その直後に提案されたTRONキーボード(配列)だとか、当時パソコンの月刊誌などにもとりあげられた中指シフト方式「花」(月じゃないです)なども、基本的にJIS86配列の理念を踏襲してとにかく使用頻度の低い「かな」はシフト側に配置してしまっているんですよ。「かな」の配置も皆似ていますしね。
それに対してOASYSの親指シフトは「は」も「ば」も「ぱ」も全部おなじ位置のキーで打てました。「ひ」や「ふ」なんかでもおなじ操作性で打てるんです。そのほうが書くこと、考えることに集中できるんですよ。
うーん、わかるような、わからないような……。
「かな」配列の強みとは
具体例を出しましょう。
日本語の表記でけっこう出てくるのが同じかなで清音と濁音が続くパターンです。
「すずしい」、「つづく」、「日々(ひび)の生活」、など。
私はローマ字入力のキャリアもけっこう長いのですが、それでも「すずしい」「つづく」などではコンマ何秒かですが、頭の中にスペースキーが挿入されるときがあるんです。つまり、ここで打つべきは[S]だったか[Z]かで一瞬だけ詰まることが、たまにあるんです。
私はローマ字入力していて「すずしい」「つづく」とかで迷いが生じることはないですけど。
タカさんはきっと適応力が高いんですね。そういう人はローマ字入力が合っているんだろうなあと思いますね。
でも私はそんなに適応力が高くない(という自己評価です)ので、極力迷いが生じることの少ない配列を選びたい。ものを書くときに書く内容以外のことに気を取られてしまうことは、なるべく避けたいと思うんです。
親指シフトの場合、例えば
「す」は[C]キーの単独打鍵、
濁音の「ず」はおなじ[C]キーをシフトあり(逆サイドシフト)で、
というように決まり切ったパターンで打ち込めます。けっか不器用な私でも迷いが生じる隙がなく(もしくは少なく)脳内ストレスを抱え込まないで文字入力できます。
ここで強調したい点は
使用頻度とかにかかわりなく打てる
ということなんです。
「(ほぼ)等しい」とか「日々(ひび)の生活」などの「ほ」や「ひ」などは統計を取ると使用頻度がすくない「かな」になるんですが、そういう文字でも一貫して共通の操作で打てるんです。
「ほ」はシフトなしで、そして「ぼ」は同じキーをシフトありでというふうにいつでも同じ、決まったスタイルなのでとにかくシンプル、迷いなく文字が打てるんです。だから書くことに集中できるんですね。
いろいろ批判されることが多い現行JIS配列なんかもそういう観点から見るとけして悪くないんじゃないか、というか、レイアウトのシンプルさこそが「かな」配列の強みなんだと、個人的には思っていますけどね。
使用頻度がすくない「かな」でも打ちやすいということですね。でもそれってある意味、入力効率の高さを優先していなかった、ということになりませんか?
そんなことないです、と言うべきかもしれませんが、じつをいうとそうなんですよ。
親指シフトになにを求めたのか?
親指シフト開発スタッフのリーダー、神田泰典さんが考えていたのは「自分が考えているアイデアを文字にして出す」「紙とえんぴつの作業をおきかえる創成用の入力装置」でした。(bit1982-12「共立出版」より)
「かな」の配列がシンプルで使いやすいことと、入力効率が高いこととは常に両立するわけではないんで、ときにはどちらかを犠牲にしなければならないこともあるんです。
シンプルな配置で使いやすくするのか、それとも入力効率を取るか、どっちを取るのか分岐点にたったとき親指シフト配列はまちがいなく前者を取っているんです。
親指シフトキーボードを開発するに当たって考えたのは、速度ではありませんでした。日本人が英文タイプライタのように使えるようなキーボードが欲しいというのが発想です。
速度はなるべく早く、操作もなるべく覚えやすいにこしたことはないが、日本人が使ってブラインドタッチで、自然に使えるものというのが目標でした。
「キーボードを巡る論議」より
神田泰典さんのサイトにあった「キーボードを巡る論議」と題されたテキストからの引用です。1988年5月22日、web上でに書き込まれた神田泰典さんご自身による発信です。
それから
速く打てるにこしたことはないが、基本的な態度としては一般の人が楽に打てることのほうが大事だと考えた。
コンピューター知的「道具」考p164より
こちらはは神田泰典さんの著書、『コンピューター「知的」道具考』(NHKブックス)からの引用です。
もう、明らかですよね。
親指シフト配列が入力効率の高さを考慮して決められたのは事実です。
でも、入力効率の高さというのはあくまでも手段のひとつであって、けしてそれが目標ではなかったことが、神田泰典さんの文章からもわかりますね。
速さではなく
「楽に打てることのほうが大事」
これが親指シフトキーボード、そして親指シフト配列の設計思想でした。
あの配列はどうなのか
ところで、
「かな」配列の歴史を考えるうえでどうしても避けて通れないキーボード、配列があります。けして名前を口にしてはイケナイあの配列、と言っていては話が先へ進まないので書きますが、それが上述のJIS86配列です。
親指シフトとしばしば比較対象とされてきた国家規格の配列、キーボードでもあります。
ただこのJIS86配列、規格書を目にするかぎりではなにより「入力効率の高さ」がいちばんの課題だったようです。
たとえば「かな」の割り振りにかんしても、上述したように使用頻度の多寡でシフト側の文字を決めているんです。具体的には使用頻度の高い文字、上位32文字はアンシフト(つまり単独打鍵)に割りあて、下位31文字ははシフト側に割りあてたとの記載が規格書にあります。
被験者を使った実験データと「かな」の使用頻度を組み合わせ、とにかく数字で配列を決定している印象です。
キーボードをタイピングするのが特殊技能だった時代
なぜこのようなレイアウトになったのかといえば、じつはJISとしての「お家の事情」もあったんじゃないか、ということを「JIS「かな」配列あれこれ」でかきました。
それともう一点、JIS86配列が制定された当時の社会通念もふかく影響していたのではないかと考えています。
社会通念って、どういう通念ですか。
個人の感覚にすぎないとお断りしたうえで書くのですが、少なくとも1980年代の最初の頃までは、キーボードをタイプするのは社会の一部の人達だけとする意見が多かったという認識です。
キーボードを一度も触ったことがない人がふつうにいた時代でもありました。
現在のように多くの人がローマ字入力する状況からみると首をひねりたくなる感覚かもしれませんが、当時はキーボードを打つのは主として訓練を受けたタイピスト、あるいはプロフェッショナルの仕事だとする意見がかなり目についたのでした。
「2ストローク入力」のようにとても一般的とはいえないような入力方式を支持する意見も当時は多かったと記憶しています。
なによりJIS86配列の考案者とされる渡辺定久さんという方が、「多段シフト方式」という特殊技能を要するプロのためのキーボードを高く評価する内容の論文を書いています。しかもその論文を発表した時期がJIS86配列の研究期間と重なっているんです。

リンク先に説明がありますが、漢字テレプリンタは日本語ワープロの前身とまで言われた装置です。
こんなキーボードが会社にあったら早退したくなりますね。
あくまで私の印象ですが、文章を読む限りでは、渡辺定久さんご自身はこの時点でキーボードなどは使わず手書きで仕事をしておられたように見受けられます。
JIS86配列もまた、ご自身の仕事道具というよりは訓練を受けたタイピストのためのキーボード、プロの使う配列として設計されたのだろうというのが私の見方ですね。
初心者よりプロの使い手を想定したキーボード、であるからには、なにより入力効率の高さが重要なのだとする考え方ですね。
それに対して神田泰典さんはビジネスショーに出品した親指シフトキーボードを、ご自身が一年ほどじっさいに使ってみて、良かったからOASYSに採用したのだと記述しています。
「ちょうど紙の上に鉛筆で文章を考えながら、書いてゆくのに一番近い形にしようと思った」(bit1982-12「共立出版」より)
という考えかたをしていた神田泰典さんのほうが、当時はむしろ少数派だったんじゃないだろうか、というのが私の印象ですね。
ということでしばしば比較対象となってきた親指シフトとJIS86配列でしたが、そもそも両者は立ち位置がまったく違うのだということは、ここで強調しておきたいところです。
「楽に打てることのほうが大事」
どんなに高級な万年筆でも使っているときに万年筆の存在が気になってしまうようなら、それは文具としては失格ですよね。
親指シフトキーボードは見た目はふつうの日本語キーボードとは違うので特殊なキーボード、特殊な入力方式だと思われがちです。でも使っているうちにキーボードの存在が気にならなくなる、書く行為ではなくて書く中身のほうに集中できる、そういう意味では書くためには良い道具だと思いますね。
私はローマ字入力だって書くためのよい道具だと思います。
確かに慣れている入力方式がいちばんよい道具ともいえますよね。
では最後にわたしの個人的な見解ではなく、客観的なデータ、というか、他の方の感想をご紹介しましょう。
初心者は何を選んだ?
上述の日本能率協会の実験結果です。(「ワープロらくらく速習法」大島章嘉・銘子著 昭和60年9月日本能率協会発行より)
あらためて実験の中身をざっと紹介します。
まず前提としてタイピングの未経験者を10人、被験者になってもらいました。
その10人を2つのグループに分け、同じ時間(40時間)じっさいにタイピングの練習をおこなってもらいました。
親指シフトとローマ字入力を練習するグループ
親指シフトとJIS「かな」入力を練習するグループ
という感じです。

その結果は上の通り親指シフトがいちばん速かったということになったのですが、たった40時間ではまだ初心者レベルなのだからデータとしては不十分ではないだろうかと、私の感想を書きました。
ところでこの実験、もうひとつデータを取っているんですよ。
自分たちが使った2種類の入力方式の感想を尋ねているんですね。
その結果、親指シフトの利点として
ひとつの「かな」が一度で打てる。
覚えてしまえば、頻度の高い文字が真ん中(ホームポジション)にあるので打ちやすい。
一方、ローマ字の利点としては
覚えるキーの数が少ない。
リズムがとりやすい。
という感じで、まずまず穏当な感想と言えるのではないでしょうか。
そして最後に、グループのメンバーにどちらの入力方式を選ぶか尋ねました。
その結果がこれです。
親指シフトとローマ字入力のグループ

ローマ字入力と親指シフトのグループでどちらを選ぶか問われたところ、親指シフトを選んだ人は4人、ローマ字入力を選んだ人は1人。
JIS「かな」入力と親指シフトのグループ

JIS「かな」入力と親指シフトのグループでどちらを選ぶか問われたところ、親指シフトを選んだ人は5人、でした。
入力速度にかんしては40時間ではデータとしては少なすぎるんじゃないかと書きましたが、今度は違います。たった40時間しか使っていないのに5人中4人がローマ字入力より親指シフトを選んでいるんです。
「楽に打てることのほうが大事」という親指シフトの設計理念がある程度は成功したと考えてもいいんじゃないでしょうか。
でもこの「ワープロらくらく速習法」って、富士通寄りの本なんですよね。内容がどこまで公平なのかっていう疑問を感じますけど。
たしかにそこは割り引いて考える必要があるかもしれませんね。
それにこの実験はタイピングの経験がない初心者を対象にしています。当時はそういう人が多かったからですが、現在ではほとんどの人がすでにローマ字入力を経験しているでしょうから、同列に比較することはできないよ、ということも言えますね。
さらに付け加えると、ここでいう親指シフトというのはあくまでOASYSキーボードを使用しての話です。現在一般に使われている変換キー共用型NICOLAだとまた違った結果になるかもしれません。
詳しいことは「レトロなキーボードが最後まで生き残った理由」で書きましたが、変換キー共用型NICOLAの場合OASYSキーボードに比べて、(タイミングを取る必要があるため)初心者にとっては少し敷居が高くなるかなあと思います。
そういったことを前提にしても、
「親指シフトは高速入力するためのプロの使うキーボードで、マスターするのがむずかしい」
親指シフトにたいしてそういうイメージを持っている人にとっては「ちょっと意外な感想」ではないでしょうか。
「親指シフトキーボードはなぜ変だったのか」のなかで歌人の俵万智さんのエピソードを書きましたが、つい昨日までパソコンともワープロともキーボードともまったく無縁だった人が、OASYSと親指シフトキーボードにはすんなり馴染めてしまったというのは、けっこうありふれた話だったんですよ。
それでもNICOLAにしないアレな理由
ミツイさんがNICOLAのことを気にいっているのはとてもよくわかりました。でもじっさいにはNICOLAとはちょっと違うオリジナルの配列にしているんですよね。
はい。
親指シフトが性に合っていて、NICOLAがいい配列だと思っていながら、なぜNICOLAにしないんですか。
ああ、NICOLAにしない理由ですか?
それはね
「ぱ」とか「ぴ」とかいう
半濁音キーの配置が覚えられなかったから
ですよ。
それ、胸を張って太字にするような理由ですか。
NICOLAではOASYSキーボードと違って「は」と半濁音の「ぱ」の配置が違うんですよ。なので「ぱ」とか「ぴ」とか打とうとしたとき、一瞬だけ詰まることがあるんです。
たかが「一瞬」なんですが、その「一瞬」が積み重なると意外とロスが大きいのですよ。タイピングに詰まる度に仕事の中身から引き剥がされることになりますからね。
すでに書いたように、オリジナルの親指シフト、OASYSキーボードの場合はそうではなくて、清音、濁音、半濁音、ぜんぶおなじキーで打てましたね。ふつうのシフトキーと文字キーを同時打鍵すれば半濁音が打てるんです。
例えば「は」は、[H]キーをシフトなしで打ち、半濁音の「ぱ」は、おなじ[H]キーとシフトキーを同時打鍵で打つ、という感じです。シンプルでした。

ただ、最初のほうにも書いたように、NICOLA規格自体はゆるやかなものなので、OASYS方式を否定しているわけではないです。つまりOASYSキーボードと同じように清音、濁音、半濁音をすべて同じ配置にすることも規格として認めていたはずです。
じゃ、ぜんぜん問題はないように思いますけど。
問題はNICOLAじゃなくて、私の側にあるんです。
幸か不幸かわたしはローマ字入力のキャリアも長いので、「かな」入力中でもシフトキーを押しながら[H]キーを打ったら英大文字の[H]になってほしいのです。というか、もはやそれが骨身に染みついてしまっているわけです。
親指シフト入力がわたしにとってはふつうで自然なことであるのと同じように、IMEの状態にかかわらずシフトキーを押しながら文字キーを打鍵すると英大文字になる、というのも、やっぱりふつうで自然なことなんですね。
後半にかんしては意見が一致します。
つまりある朝目覚めたら、もはやOASYSキーボードには戻れない体になっちまっただ、ということでした。
まとめ
親指シフトというと、とかく高速入力だとかプロが使う配列、もしくは特殊な入力方式といったイメージが持つ人が少なくないようです。でも本来はふつうの日本人が考えながら書ける道具であることを念頭に開発されました。
「楽に打てることのほうが大事」
という考え方でした。
そして1980年代にはまさにそうした「ふつうの人たち」の多くに支持され売り上げを伸ばしていった経緯もありました。
ただこれはシステム全体が親指シフトすることを念頭においた日本語ワードプロセッサOASYS上だからこそできたことだ、という一面もあるかと思います。
ワープロ専用機からパソコンへと日本語入力のウツワが移行してからは、ほぼあらゆる面で親指シフトよりローマ字入力のほうが利便性や安定性が高いという状態が続いてきました。親指シフトキーボードはデファクト・スタンダードにはなれないから、という趣旨のメッセージとともに富士通が親指シフトから撤退してすでに数年の月日が流れました。
ローマ字入力が有利という状況はこの先も変わらないとは思いますが、一方ここ数年で親指シフトに追い風が吹いてきたことも確かです。
かつて、OASYSのようなキーボードは富士通のような企業でないとどうにもならない、個人が手にしようと考えても、それは夢物語でしかありませんでした。
でもここ数年でそういう状況にすこしづつ変化の兆しが見えてきたように思います。
もちろん社会全体から見ればまだまだ一部の動きではあるのでしょうが、OASYSのようなキーボードそして配列は手が届かないもの、という時代ではなくなってきつつありますね。